破壊



 綺麗な空が見えた。春の、夕暮れ時の、虹色の綿菓子みたいな空。私は小学校の夏祭りを思い出した。お祭りの日は特別に「屋台行き」の電車に乗れて、吊り革は全部提灯に彩られる。えみちゃんと虹色の綿菓子を見つけて、二人分の特大綿菓子を無理言って作ってもらって、ちぎって食べたっけ。


「なんでなん…」


 私の乗っていた車両は、私のつま先足から綺麗さっぱりと、もぎ取られたようにしてなくなっていた。電車はこんなにボロボロやのに、私の頭と手と腕はちゃんと繋がっていて、傷一つなかった。タブレットのカレンダーはいつのまにか誕生日になっていて、修理屋さんが大丈夫ですか?お名前と車両名は言えますか?と声をかけた。

 私は、自分の名前と車両の名前を伝えた。驚いたのは、気付かぬ間にあれから数日経っていて、私の誕生日で、それでいて誰からも、何の連絡も来ていないことだった。


《ひどい事故やったね。みんなは大丈夫やった?私は大丈夫そう。》


 私は久々にみんなに連絡をとった。両親と、えみちゃんに。でも、20分経っても30分経っても、一時間経っても既読は付かなかった。なんでやろ、と思って電波状況を確認したら、圏外になっていた。

 Wi-Fiを切ってモバイルデータ通信に切り替えて、メッセージを再送したけど返事は来ず、ニュースではどれを見ても大規模な車両事故発生とだけ書かれていた。世間ではこれだけ騒ぎ立てられているのに、私の周りの世界は、電車の外の鏡張りみたいな世界は、ただただ静かで美しかった。そして私は、こうして乗っている電車の外に出たんは初めてやと思った。

 しばらくして、吹き飛ばされた電車に乗っている人たちの名前が「電車から降ろされた人」として通知された。ものすごい数で、見るのが大変やったけど、私は車両名を頼りに、両親とえみちゃんの名前を血眼になって探した。お願いやから、載っていませんように。タブレットに穴が空くほど確認したけれど、一段目にも二段目にも名前は載っておらず、私は胸を撫で下ろした。


「よかった。じゃあ、無事ってことやんな。きっと、タブレットが壊れてるとか、そんな理由……あれ、でもタブレットが壊れる時って」


 ―――電車から降ろされる時やんか。


 ピロリンピロリン。


 警告音に体がびくりと震える。私は慌てて鬼を探したけど、あたりは静まり返っていた。

「よく使う項目の人」というタイトルで送られてきたそれは、あまりにも残酷な事実だった。こんな速報は初めてで、私は半分を理解して、半分を理解できんかった。

 両親も、えみちゃんも、その他大勢のクラスメイトも、先生も、みんな、「電車から降ろされた人」にカウントされていた。

 うそやろ。そんなはずないやん。だって、数日前は。この前喧嘩したばっかやのに、仲直りできてないのに。私ごめんなさい言ってないよ。私、今日、誕生日なんやで。みんな、こんなサプライズはないわ。なあ、冗談はよしてよ。全部嘘やって、お願いやから出てきてよ。

 なんでみんなは降ろされたのに、私は乗ってるん。私が、消えてしまえばよかったのに。自分勝手で親不孝な私が。

 悲しいのか怒っているのかわからないまま、静かに涙は流れて、虹色の湖へと消えていった。

 私も、このまま降りたら。どうなるんやろう。みんなに会える?会ってごめんなさいしたら、「びっくりした?全部嘘やで」って、許してもらえる?

 道標を失った私は、これから何番線に乗って、どこへ行けばいいん。もう、誰も教えてくれへんやん。これが、私が望んだこと、なんかな。

 呆然とする私の横を、何にもないように電車は走って行った。



 

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