亀裂
「ほんまは、自分で乗る電車も選ばれへんだけのくせに!ほんなん、夢も目標も、才能も何もないあんたに言われたないわ」
◻︎
そう言って、えみちゃんは隣の車両に行って、帰って来なかった。次の日も、その次の日もいつものホームで待ち合わせたけど、えみちゃんは現れなかった。
タブレットには進路についてのアンケートと、父母からの連絡が山のように来ていて、私をいっそうイライラさせた。
私は何度も電話をキャンセルしたけど、何度もキャンセルすると緊急で勝手につながることを忘れていて、気付けば母の顔が画面に映し出されていた。
「ああ、ようやく繋がったわ。おとーさーん」
母に呼ばれて、険しい顔の父も登場した。
「親からの電話に出んとは何事や。学校の先生から連絡あったで。進路届出してないんやって?」
「……うん。やけど、まだ先のことで」
「先のことやからて、そろそろ考えていかなあかんのとちゃうか。先を見て行動せえっていつも言うてるやろ。なんかやりたいことないんか?例えば……」
「それが思いつかんから困ってるんやん。そんなんいっつも言われてるからわかってるし」
先を見て行動しようにも、私には何の夢もない。小さい頃にできた小説家の夢は、アプリと共にアンインストールした。
「えみちゃんママから聞いたで。えみちゃんは薬剤師目指して六年制の大学行くんやって。すごいよなぁ」
今、えみちゃんを引き合いに出されるのは癪に触る。
「お前もえみちゃん見習ったらどうや。とりあえず目標を立てるねん。そや、前にもちょっと話したけど、教師はどうや。これからどんどん年配の人が辞めていって、新人取るらしいで」
「そうそう、あんた、昔は勉強だけはようできたんやし、中学校の先生くらいにはなれるんちゃう?そういえば、昔、先生にな、あんたは目立つ子に対しても贔屓せんと対等に向き合う子やって言われたことあるよ。誰に対しても対等に向き合えるってあんたの才能やとお母さんは思うな。それに、公務員って安泰やし、先生目指してそういう大学行ってみたら?」
「そうやな、それがええかも…」
父母がそう言うなら、私はそう言う人間なんかもしれん。なりたいとは一ミリも思わんけど、そうしたら、私を電車に乗せてよかったって、思ってもらえるんやろか。
―――いっつもそうやん。なんか諦めてるフリして、親にこう言われたからこうするしかないねんって、いっつも、そればっかり。
「あんたが先生になったら、おじいちゃんおばあちゃんも喜ぶわ。なぁ、お父さん」
「そやそや。明人と違って、上手く電車に乗っていく力はないけど、勉強だけはできるんやから。その電車に乗れたら、もうこの先あんま乗り換えんでええしな。お父さんらも安心やわ」
私が先生になったら、多分、この人らは、おじいちゃんおばあちゃんに許してもらえる。もう大分前におじいちゃんは「電車を降りた人」になってもたけど、良い供養になるとでも思っとるんちゃうやろか。確かに、私は兄と違って、電車を乗り換える能力に乏しいし。父母の言う通りにしてきて、失敗したことはあんまりなかった、けど。その失敗って、誰に対する失敗なんやろ。
―――ほんまは、自分で乗る電車も選ばれへんだけのくせに!
えみちゃんの言っていたことが本当なら、私は、ほんまは選べるんやろうか。選べたんやろうか、今まで、全部。
「お父さんが言うんやから間違いないわ、そうしぃよ。あ、別に無理にとは言わんよ。けどあんたがええんやったら」
その瞬間、ぷつん、と私の中で何かが切れた。譲歩しているようで、この人たちは、私の気持ちなんか何も考えずに、要望だけ押し付けてきているんやと思った。今まで通りの私やったら、ちょっと抗いつつも、しゃあないな、これが私の運命なんやと、口を閉ざしていたかもしれん。でも、今日の私は、
「はいはい。要は、私に先生になれってことやろ。なって欲しいんやろ、あんたらが。私はなりたないわ。大体さぁ、大学にも行ったことない人たちに進路のこと言われたないんやけど。自分らはアホみたいに駆け落ちして子ども作って、それで生まれたんが私やろ」
「何てこと言うん……謝りぃ、今すぐ」
母は、今まで見たことのない顔をしていた。私は黙っていた。だって私、親のために生まれてきたんとちゃうやん。勝手に、電車に乗せたんはあんたらやん。私、間違ってないやん。
父はため息をついて、
「これはいつも言ってることやけどな、人生には正解っちゅうもんがあんねん。明人やえみちゃんと違って、お前が自分で正解を見つけられへんから、言うたってんやろ。そんなん言うんやったら俺らはもう何も言わんで。好きにしたらええ」
とだけ言った。父母の顔が画面から消えて、冴えない私のプロフィールだけが残った。進路欄には「未決定」と赤いびっくりマークがついていた。
私はあんたらより馬鹿じゃないから。正解かなんか知らんけどちゃんと選べるし。今はわからんだけやし。明人や、えみちゃんと違って。
その夜、明人から連絡があって、「お前が親不孝やから、俺が肩代わりせなあかんくなるねん。もっと、上手く生きやんと」と言われた。明人は、夢駅へ行くことを諦めて、希望駅をとった。明人は、希望駅をとったにも関わらず、たまに夢駅行きの電車にも乗ったりしている。私と違って、きちんと時間を決めて、乗り継いで行っている。狭い線路の中で、自由に。
誕生日まであと二日。十九時ごろになっていつも通りお弁当屋さんは来たけど、今日の私には「あなたの晩ご飯」は配られへんかった。
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