6番線の朝




 あんだけ寝たというのに、私は眠り姫なんか。王子様目覚めのキスはいかに、なんてことを考えている暇もなく、案の定、寝坊した私は、弁当屋さんの置いてくれた「あなたの朝ごはん」であるトーストをくわえながらホームを駆け下りる。今日は学校やから6番線などと考えながら、慌ただしく階段を駆け上ると、もう発車するで!と先生の声。

 ギリギリ扉の閉まるタイミングでなんとか車内に滑り込む。えみちゃんと目があって、私はいたずらな笑顔を浮かべた。


「もう、また遅刻するとこやったで、ほんま気付けや。学校の電車は待ってくれるけど、それ以外やったら大変なことやで。逃したらあかん電車やったらどうするつもりやったん」


 休み時間になって、なんか笑顔で近づいてきたなと思ったらこの有様。えみちゃんはうちの母からくるメールよりも厳しい。待ってくれるなんて思ってたら大間違いやで、ほんまに大切な時に、駆け込み乗車するつもりなん、と言うえみちゃんを、ごめんごめんと宥める。

 わかってる、わかってるけどどうしても起きられへんねん、やっぱり王子様が起こしに来てくれんと、などと言えばお説教がヒートアップしそうなので、えみちゃんのタブレットを指して、あ、新機能増えてるやんと指摘した。

 えみちゃんのタブレットには、応用版のアプリが沢山増えていた。せやねん、標準はクリアしたから、次進めるねん、しかも、ほら見て見て、私次の駅から13番線乗れるようなったんよ、と嬉しそうなえみちゃん。対して私のタブレットはというと、いつまでも基礎止まりで、なかなか新機能増えへんなあと悩むようで悩まんような日々。

 新学期が始まると、電車の色とかデザインがちょっと変わるのもあるけど、それよりタブレットの新機能の話で休み時間は持ちきりになる。私たちの唯一の持ち物であるタブレットにはいろんな情報が載っていて、身長とか体重とか、私らのスキルとかが勝手に更新されて、アプリとかも知らん間に増えている。真ん中にある人型のボタンをを押すと、私の名前と顔写真、生年月日、血液型と去年からいっこも変わらん私の身長が表示された。

145センチ。2ミリずつ着実に伸びていると思っていた身長は、二年前に止まり、ついでに色んなものが止まった。小、中学生くらいまでは新機能とかアプリとかもどんどん増えていって、みんなより早くて、みんなにはない物語書けるアプリとかも増えて、めっさ嬉しかったのに、そのアプリもいつのまにか期限切れになっている。

 えみちゃんはずうっとアプリとかもあんまり入ってなかったのに、この頃はすごくて、画面はスライドしたら三面まで切り替えられるけど、そのどの画面もアプリで埋まっている。これは千年に一度の逸材かも知れんと、あの先生が言うんやから、悔しいけど、間違いなく私の親友はすごい人なんやと思う。

 冴えない画面を見えんようにそっと隠して、窓の外を見た。色々な電車が走っていて、すれ違うたび、窓から子どもたちの笑い声が足早に通り過ぎていく。私は、あと四日で十七歳になる。今までいろんな電車を乗り継いできたけど、次はどこへ行くんやろう。来年で、みんなバラバラになると聞いたけれど、ほんまにそんなことあるんやろか。正直想像できひんし、信じられへん。

 えみちゃんがじゃが◯こをかじる。ぼりぼり、ぼりぼり。今の私は、えみちゃんに齧られるじゃが◯こみたい。


「なぁ、えみちゃん。私らってさ、どこ向かってるんやろね」

「夢駅とか希望駅とかちゃうん?」

「それは、夢とか希望がある子やろ。私ないもん。ない子は、どないなるんやろ」


 やっぱり、お父さんお母さんの言う通りに、乗り継いで行くしかないんやろか。


「でも、電車の進む方向は決まってるから。必ずどっかには行き着くんやろ。私は薬剤師目指すから、六年制大学行きの電車乗れるように頑張るわ。なんか、やりたいことないのん?」


 ―――物語を書くひとになりたい。

 ちら、と浮かんだ昔の夢に蓋をする。


「うーん、ないな!」

「即答やん」

「えみちゃんは、すごいよな」


 えみちゃんのタブレットには、毎日毎日新しいアプリが増えていって、レベルもどんどん上がっていって、私とは天と地の差だった。


「才能があってええよなぁ、えみちゃんは」

「私やって、頑張ったんやで」


 えみちゃんは少しむっとした。えみちゃんが、お母さんお父さんに構ってもらいたくて勉強を頑張ってるのはずっと昔から知っていて、でも今日の私はなんか意地悪くなって、


「親の期待に応えるために?」


 って、嫌なことを言ってしまった。言った後で、あ、しまったと思ったけど、もう遅かった。


「何でそんなこと言うんよ。自分やって、親の言う通りに生きて、何も考えんと電車乗ってるくせに」

「別に、何も考えてないことはないよ。ただ、私が乗る電車選ばれへんだけで」

「いっつもそうやん。なんか諦めてるフリして、親にこう言われたからこうするしかないねんって、いっつも、そればっかり」


 えみちゃんの声はどんどん大きくなっていく。何か言い返したいのに、どろんと重い鉛が喉につっかえて、言葉が出なかった。



「ほんまは、自分で乗る電車も選ばれへんだけのくせに!ほんなん、夢も目標も、才能も何もないあんたに言われたないわ」


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