霧の中を走る電車

1番線から



 生まれた時から、私は電車の中におる。いつやったか、はっきり覚えているわけではない。でも、私が自我とかなんとかそういうもんを持ちだして、我思うゆえに我ありとかいうようになった頃にはもう電車の中やった。

 ずっとおんなじ電車に乗りっぱなしということではなくて、ちゃんと駅で乗り換えするし、もちろん友達にも会う。ただ、家族に最後に会ったんは、あれはいつやったんやろう。

 電車の旅に出る前、私がどこにおったんかは、もう思い出されへん。でも、私は泣いてたように思う。家族も多分泣いてた。でも泣いてたんは、なんとなくやけど、私とは違う意味でそうしてたような気がする。

 送り出される時、最初は「一番のりばに乗るんやで」と耳にタコができるくらい教えられて、もう、わかってるわな、と何回言ったかわからん。

 乗り換えの仕方わかってるか、わかってるよ、ちゃんと、ちゃんとせなあかんで。あの、ちゃんとって何やったんやろう。どういう意味やったんやろう。わからんけど、とにかく乗り間違えたらあかんでとめちゃくちゃ言い聞かされて、「俺は、私の経験では」の話が始まったら終わりが見えんくて、もうその話、五十回は聞いたと言いたいけど、何となく、そやな、大変やったんやな、とうなずいて、うなずいて最後まで聞いたらな話が終わらんのもあったけど、それでいて送り出される時は誰も泣いてなかったからなんか不思議。

 ちょっと、というかだいぶ不安やけどあんたなら大丈夫や、ただ乗り間違えんかったら、何もかもうまく行く。どう乗り換えてっていうのは何度も言い聞かされたし、怖い人がおるから気ぃ付けや、あんたちっちゃい女の子なんやからとかいう話はめっさ聞かされたけど、どうしたらうまく行くことになるんかとか、私がどこを目指してんのかとかは全く聞かされていない。

 時々メールで次ここで降りて、何番線に乗ってとかいうメッセージは来るし、大体それは私もわかってきたし、乗り間違えたことを話したら(たまに話さんでもバレてるのなんでやろ)普通に叱られて、また、「俺は、私は」の体験談が始まり、私はうんうん頷いて、その、ごくごくたまにになる話が終わるのを待つけど、肝心なことはわからんままな気がする。それが、ほんまは持たん方がいいかもしれん、今の私の謎。

 ベルが鳴って、弁当屋さんが「あなたの晩ご飯」を配ってくれる。隣の人がクリームシチューやって、ちょっといいなと思ってしまった。でも、ちょっと味見さしてな、とは言われへん。夜を走る電車では、知り合いでも、声をかけたらあかんことになっている。そういう規則なんやと。プライベートやなんや、繊細なことやからと。まぁそれは仕方がないことやし暗黙の了解みたいなもんやから、おおきにと言い、私は配られた焼鮭弁当を黙々と食べる。



 今日は星が綺麗な夜。車内のベッドに横になって朝が来るまで、私はに乗る前のことを考える。向こう側の世界にも、おんなじように電車に乗って、こんなわけのわからん旅をしてる人がおるんやろか、気の毒に。あれ、私は気の毒なんか。気の毒って、どのへんが、どこからが。考えだしたら頭が痛なって、また乗り遅れそうやから今日は寝ようと思う、おやすみ。



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