ひかりの贖罪

夜市川 鞠

プロローグ

✴︎プロローグ


 規則的な揺れが眠気を誘う。私たちの電車は、ある一点を目指して、少しずつ前進する。

私はぼんやりと、天に穿つ光の束を眺めていた。


「なぁ見て、鬼や」


 えみちゃんが水平線を指差す。

 だだっ広い空と線路しかないこの世界には、時々おっきな棒もった怪獣みたいなんが現れて、だるま落としみたいにポーンと、電車をかっさらって行く。


「隠れな、おへそ取られちゃう」

「取られるんはおへそだけやないで」


 椅子の上に丸まって布団に隠れるえみちゃんをよそに、私は布団に隠れながらちらりと外を覗いてみた。

 なんやぼやけて夢の中みたいに見えへんけど、確かに遠くの方にめっさでかい鬼らしき巨体が歩いている。景色に溶け込む感じで。よう目凝らして見んと見えへんから、子どもにしか見えへんというのがよくわかる。大人になると見えんくなるらしい。

 鬼が、棒を天に上げて、振り下ろすのは一瞬の出来事やった。ちょうど向かいの電車がかっさらわれるのを、私はこの目ではっきりと見た。

 ドゴン、と今まで聞いたこともないようなおっきな音を立てて、すぐそばの電車は飛んでいって、でも私の乗っている電車は一個も揺れんかった。ただ、ピロリンピロリンとタブレットの速報が一斉に鳴るだけやった。

 画面の向こう側で、先生が「隣の電車は遅延しますが、私たちのクラスに影響はないようなので、このまま授業を続けます」と言った。みんなは「えー」と口を揃えて不満がった。

 えみちゃんが横で、「おっきな揺れやったね」と震えた。

 私たちの電車は一個も揺れんかったのに、私はえみちゃんの言う通りだと思って大きく頷いた。

 多分、ものすごく大事なことが起こっていて、それでいて先生たちは何もなかったかのように済ませてしまう。それは、大人には鬼が見えへんからなんやろうか。

 遅延している電車はもう遠くなっていて、変に間が開いたまま止まっている長い電車は、その隙間には元々ある一両の電車が埋まっていたことを示していた。

 修理屋さんが、なくなった空間を繋ごうとなんや懸命に作業している姿が見えて、やがてその電車ごと見えなくなった。

 私は電車が飛んでいったはずの方向を見てみたけど、そこには、いつも通り白いもやと線路があるだけやった。



それからしばらく、私が眠った後の世界では、透明な鬼がカラカラと棒を引き摺りながら、私の電車に近づいてくるようになった。


 ❃ ❃ ❃





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る