ボディービルダー

「ねぇ、ねぇ中川君見たぁ?」

 ヒロが女子2人に囲まれている。

「何を?」

「女性自由」

「そんな、おばさんが見る雑誌なんて見ないさ」

「中川君、工藤歩武が好きって言ってたじゃない」

「そうだよね、中川くん好きって言ってた」

「まぁ、好きさ。ストーカーするくらい好きさ」

「ストーカーとか、怖っ! とにかくこれ見てよ」

 ヒロの机の上に雑誌がドサッと置かれる。

「ねぇ、この雑誌貸して」

「えー」

「借りるから!」

「貸すってまだ言ってないんだけどぉ」


 僕は、ヒロの足音を聞きながら、知らない振りをして空を見る。うっすら広がる雲がきれいだ。


「ねぇ、ゆっくん、これ見てよ」



 工藤歩武が変わり果てた姿で雑誌に載っていた。

「ずいぶん、イメチェンしたんだね」

 僕は、工藤歩武の髭を見て言った。

「俺は、男としてこっちの方が好みだ」

「前は、あんなに参考にしてたのに?」

「あれは、女にモテる男作りをするためだ!」

「色もオセロみたいに白から黒になってるし」

「男が好きな男は、ワイルドな男だろ? 鹿の生肉でも食べてそうでかっこいいじゃないか!」

 ヒロは、雑誌に写る工藤歩武の大胸筋をつんつんしながら言った。


 雑誌には、1ヶ月前にアイドルを電撃引退した理由、ボディビルダーを目指した理由などが書かれていた。筋肉好きなコアなファンはきっと付くだろう。ムッキムキの姿でポーズを取っている。

 猫のくるみが一緒に写ってる写真もあった。くるみは、ムッキムキの工藤歩も気に入っている様子だ。



 1ヶ月前、工藤歩武は自殺未遂した。そして、救急搬送で病院に運ばれた。

 工藤歩のマネージャーの連絡先は知らないし、連絡もしてなかったけど、多少お金がある人が住むマンションでの救急搬送の騒ぎに工藤歩のマネージャーが駆けつけた。僕らは、こっそり帰ろうとしたが、マネージャーに見つかり、声をかけられた。

 すごく気まずくて、警察送りだと思ったけど、マネージャーがありがとうと、僕らに言った。まだ工藤歩武の様態は分からない状態だったけど、僕は、その言葉に救われた気がした。マネージャーは、僕らに名刺を渡し、「救ってくれた君たちに工藤歩武が元気になった事を知らせたいから、僕に必ずショートメールを後でしてくれ」と、救急車に乗った。

 工藤歩武のマネージャーは、僕らが尾行した日、工藤歩武とご飯に行き、タクシーを止めた人物だった。


 僕らは、工藤歩武が心配だったから、マネージャーに翌日、連絡をした。工藤歩武には、僕らが救った事は内緒でとお願いをした。マネージャーは、僕らの名前を伏せ一ファンが君を救ったと、工藤歩に言ったらしい。

 後日、マネージャーがお礼にご飯に連れて行ってくれると言うので一緒に行った。そこで、その日の工藤歩武の様子について聞いた。

 

 マネージャーと食事をしていた時の工藤歩武は、いつもと変わらない様子だったと言う。工藤歩は、1ヶ月前から不眠と不安症に悩まされていた為、マネージャーが処方箋を取りに行き、あの薬の入った紙袋を渡したという。

 工藤歩武が不調を訴え始めたのは、工藤歩武が所属するアイドルグループの番組企画、心霊スポット周りますという4回目のロケで、暗闇の中転んでむち打ちになってからだそうだ。医者からは、首の骨がストレートネックでズレています、首には自律神経が通っているので、むち打ちになった事による、自律神経失調症でしょうと、言われたとの事だった。


 工藤歩武は、元気で明るいため、悩む事とは無縁の性格であった。だから、マネージャーも一時の疲れもあるだろうと思っていた。業界では、病院に通っている人も多いから、念の為に工藤歩武を病院につれて行ったとも言っていた。

 

 工藤歩武は、1週間入院した後、アイドルを辞めた。工藤歩武のマネージャーは、僕らと食事に行った時、彼はポテンシャルが高いからどんな道でもプロになってまたすぐ売れるだろうと、言っていた。



 



 僕らは、見えないものを、正しく恐れなくてはならないと、思う。


 それは、難しい。


 間違ったスピリチュアルの知識があふれる現在、見ない物を都合のいいものとして僕らは考え、きちんと恐れなくてはならない物を恐れず、怪奇現象や、ご利益として片付ける。


 


 雑誌に写る工藤歩武を見てマァは、笑う。

『クックッ、まだいるじゃねーか』

 工藤歩の背中には、工藤歩武と一緒にポーズを取る魔物がいた。だけど、もう入り込もうとはしていない。自分の本当にやりたい事を見つけた工藤歩武には入り込めないんだと思う。


 人間には、魔物は払えない。きちんと神様の道を正しく学んで、心を磨き、お祓いが出来る人にしか祓えない。今のこの世の中にそんな人がどれだけいるだろうか…。

 

 1度付いてしまったものは、祓えない。だから、人間は、心を磨かなくちゃならない。



 獣が付いてることで少しだけ生きづらさは、残るけど、前の工藤歩武よりも今の工藤歩武の方が僕も好きだ。

 君は、僕とは違う。これからの道をしっかり歩めば、ちゃんとした人としての道に行けるはずだ。



 僕は、そっと工藤歩武に願いを込めて、雑誌に写る筋肉をスリスリした。



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虹を思い描くケモノ 春風心豆 @harukazesinzu

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