四 事実改変

 さっぱりわけのわからぬ状態のまま、そうして悶々と過ごしていたその日の夕刻。


「──はい。どちらさまですか?」


 軽く目眩を覚えながら、ふらふらと宿舎へ帰って来た私のもとを訪れる者があった。


「こんばんは。アレン・グラニュート博士ですね?」


 ドアを開けて出てみると、そこには橙色オレンジの風景をバックにして、黒いトレンチコートに黒いソフト帽、真っ黒なサングラスをかけた全身黒づくめの男が二人立っている。


 見た感じアジア人ではなく欧米人のようではあるが、どこかそうでもないような…というか生身の人間ですらない感じのする不気味な人物達だ。


「あ、はあ……そうですが……」


「グラニュート博士、すでに薄々はお気づきのことかと存じますが、偶然にもあなた方は少々厄介なものを掘り出してしまいました」


 私がそう生返事を返すと、黒づくめの一人が挨拶もすっ飛ばして唐突に話を切り出す。


「あの卵は存在してはならない代物なんです。他の皆さんは要請通りにちゃんと忘れてくださいました。あなたもすべて忘れてください。でなければ、それ相応の強制的処置をとらなければならなくなります」


「あ、あの卵のことを知ってるんですか!? じゃ、じゃあ、あれはやっぱり夢なんかじゃなか……」


 もう一人の発した台詞に、ようやく卵の存在を裏付ける証人に会うことができたと興奮を覚える私だったが、直後、その開きかけた口を中途半端な状態のまま止めてしまうこととなる。


 私は、すべてを理解したのだ……。


 おそらく、あの卵の化石を倉庫から盗み出し、データもすべて消去して行ったのは彼らだ。


 皆が卵について知らないと言っていたのも、今の私と同じように彼らが脅しをかけたからに違いない。


 そういわれてみれば、サトナカ君をはじめとして、皆、視線を外してどこか嘘を吐いているような様子でもあった。さらに地元大学の対応なんかはまさにと言った様子である。


 そんな大学側も素直に言うことを聞く、中共当局以上に恐ろしい存在……。


 この全身〝黒づくめ〟の二人組の男というのには少々心当たりがある……それはあの都市伝説で語られている、UFO事件などのもみ消しに訪れるというM.I.B(メン・イン・ブラック)の姿そのものではないか!


 ではなぜ、あの卵の件でM.I.Bが現れた? 彼らはあの卵のことを〝存在してはならないもの〟だと言っていた……それはたぶん、UFO同様に世界の常識を根底から覆してしまうものというような意味合いなのだろう……だとするならば……。


「じゃ、じゃあ、あの卵はやっぱり本物のドラゴンの…」


 そう言いかけた私の口を、黒づくめが二人シンクロした動きで人差し指を唇の前に立てて塞ぐ。


「余計な詮索はしないことです。世の中、知らない方が良いことというのもある」


「ドラゴンはあくまでも空想上の生物。あなた方の研究するのは実在した恐竜。それでいいじゃないですか? グラニュート博士」


 押し黙る私に、黒づくめ達はあまり抑揚のない機械的な言葉使いで、諭すようにしてそう語りかける。


「そういう訳なので、他の皆さん達同様、あなたもちゃんと忘れてくださいね? グラニュート博士。無論、我々の来訪したことも含めてです」


「もっとも、卵の話を誰かにしたところで証拠も証人も何もない。あなたが狂人か、あるいはホラ吐きだと疑われるだけですので、慎重によく考えて行動なされることをおススメします。それでは先生、今後とも真っ当な・・・・古生物学者としてのご活躍をお祈りしておりますよ」


 そして、最後にもう一度、改めて脅しをしっかりかけると、慇懃無礼に会釈をして静かに宿舎の前から立ち去って行った。


 確かに彼らの言うとおりだ。卵の化石の実物はおろか写真のデータまで失い、私の話を肯定してくれる証人達も口を噤んでしまった今、私一人が騒いだところで、彼らにとっては痛くも痒くもないのであろう……むしろ、私の方が頭のおかしな妄想狂として学会追放の憂き目にあうだけである。


 私如きに、最早、強制的な手段を使うまでもないのだ……。


 やられた。完敗だ。あの卵の存在は完全にもみ消された……なぜ、彼らが今回のドラゴンやUFOのような、いわゆる〝オカルト〟にまつわる事象の隠蔽をして廻っているのかは知らないが、彼らがそれだけの大きな力を持った国際的大規模組織であることだけは確かだろう。


「……そうだな。卵の化石なんか、最初からなかったんだ」


 しばし呆然と、去り行く二つの黒い影を見送った後、これからもごくごく普通の古生物学者として平穏に暮らしていこうと、私は心を入れ替えることにした。


                    (恐竜の卵? 了)

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恐竜の卵? 平中なごん @HiranakaNagon

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