三 記憶喪失
しかし、それから三日後の朝のことだった……。
「──ない……卵がない……これはいったいどういうことだ!?」
発掘した化石を保管している倉庫を見に行った私は、あの卵の化石だけがなくなっていることに気がついた。
「……やられた……どこかでこの大発見の噂を聞きつけたか……」
この緊急事態に、最初、何者かによる窃盗を私は疑った。
他の化石は無事だというのに、あの卵だけが忽然と消えている……明らかにあの卵の価値を知っている者の犯行だ。
しかも、この倉庫はそれなりにセキュリティがしっかりしているので、防犯装置に引っかからずに盗み出すなど、プロの手によるものだと見ていいだろう。
あれだけの化石であれば、闇のマーケットでもかなりの金額で取引きされるに違いない……T-Rexの全身骨格が競売にかけられ問題になったこともあったが、大金を叩いてでも手に入れたいと思う金持ちの好事家はけっこういるものなのである。
まだ確かなことは言えない状況だし、卵の発見についてチームの皆には緘口令を敷いていたのだが、CTを借りた地元大学とか、どこかから情報が漏れるということも充分にありうる。
「サトナカくん! 大変だ! 卵が…あの卵の化石が盗まれた!」
急いで発掘現場へと向かった私は、血相を変えて彼女にこの一大事を訴えた。
ところが……。
「卵? なんのことですか?」
彼女の反応がどうにも変なのだ。
「何を言ってるんだ! あの卵だよ! 翼のある、ドラゴンみたいな奇形の竜脚類が入っている!」
「ドラゴンみたいな竜脚類の卵? 先生、わたしにはなんのことだかさっぱり……」
当然、彼女も知っているであろう卵の説明を私は早口にしてみせるのだが、彼女はまるで知らないような口ぶりでそれに答えるのだ。
「先日掘り出したあの卵の化石だよ! 忘れたとは言わさんぞ! それとも寝ぼけているのかね?」
「寝ぼけているのは先生の方じゃないんですか? そんな卵の化石、一つとして出てきてなんかいませんよ? ここは営巣地でもないんですし」
私は少し怒り気味にもう一度尋ねてみるが、彼女は困ったような顔をすると、むしろ私の方を寝ぼけ扱いしてよこす。
「そうですよ先生。夢でも見たんじゃないんですか?」
「きっと常日頃から大発見を願ってるんで、そんな夢をみたんですね」
いや、彼女ばかりか他の隊員達も皆、誰もあの卵のことなど知らないと言ってのけるのである。
「いったい、何がどうなっている……」
まるで狐にでも抓まれたかのような面持ちをした私は、発掘現場の真ん中で呆然と立ち尽くした。
倉庫に卵はないし、誰もあの卵のことを憶えてはいない……では、本当にあれは夢だったとでもいうのだろうか?
他に何か、あの卵が確かに存在したといえるような証拠は……。
「……そうだ! あのCT画像!」
そこで私は、地元大学で撮ってもらったCT画像のことを思い出した。
あれならば、卵の発見が夢や妄想ではないことを証明する確固とした証拠となりえる……。
発掘現場の傍に建つテントへ飛び込むと、私は急いでノートパソコンの中身を確認してみた。
「……ない! CTのデータも消えている! なぜだ!? なんでデータまで消えてるんだ!?」
だが、倉庫にあったはずの卵の実物同様、大学からもらってPC内に移しておいた画像データまでもが消えてしまっている……PC内ばかりか、バックアップをとっておいたメモリーチップも、クラウド上に保存しておいたものもすべてである。
その上、さらに調べてみると、発見当日に撮った出土状況の写真にはじまり、それについて書いてあった日誌の中のその日のページなど、あの卵に関するものはいっさいがっさい、綺麗さっぱり消え失せているのである。
「そんなバカな……そんなバカなことがあってたまるか……」
一縷の望みを託し、CTを撮った地元大学へも私は電話で問い合わせてみる。
「知らナイ。ワタシ達、卵の化石ナンカ見たことも聞いたこともナイ。アナタ達のことも全然知らナイ」
しかし、取り付く島もない様子で、大学の担当者は一方的にそう答えると、さっさと電話を切ってしまった。
「……本当に……本当にただの夢だったとでもいうのか……」
不可解なこの状況に、私はここ数日におよぶ自分の記憶を改めて思い返してみる……だが、あの卵を掘り出したことは鮮明に憶えているし、サトナカ君と地元大学へ行った記憶も細かな情景に至るまで脳裏に再現できる。
あれはけして夢や幻なんかではない……間違いなく現実にあったことのはずなのだ……。
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