ニ 科学調査

「──さてさて、何が出るかな?」


 その後、いつも以上に丁寧な作業をして掘り出した後、クリーニングもそこそこに最寄りの大学へと運び込んだ私は、大学の協力を得てその〝卵らしきもの〟をCTスキャンにかけてみた。


 本当に卵であったとしても、相手は化石、つまりは所詮〝石〟だ。


 CTで見てみても中に何もないかもしれないが、それでも割れていなかったので何かが映る可能性は高い。可能性が少しでもあるのならば、試してみない手はない。


「……ん? なんだこれは?」


 ところが、CT画像のモニターに映し出されたそれ・・は、私の予想を遥かに上回るものであった。


 いや、その楕円の石の中に何もなかったわけではない。むしろそれは鮮明に、病院で撮った胸部のレントゲン画像ぐらいに細部までわかる解像度で覗うことができる。


「翼竜……いや、鳥か? だが、翼の他に前肢もあるように見えるが……」


「より鳥に近い羽毛恐竜だったとしても変ですよ。この骨格は獣脚類というよりも竜脚類です」


 首を捻る私のとなりで、サトナカ君も眉をひそめると不思議がっている。


 その〝卵〟の中に残されていた幼体の骨格は、どうにも私達の常識とはかけ離れたものだったのである。


 まず、明らかに前肢から発展した翼であろうと思われる、翼竜や鳥類、コウモリなどとも同じ、細長い腕と指の骨組みがそれには確認できる。


 となれば、この時代の地層からしても翼竜か、もしくは始祖鳥のような現生鳥類の祖先と考えるのが普通であるが、そう判断を下すことをこの骨格は許してくれない。


 翼は前肢から進化したものであるはずなのに、その前肢も他にちゃんと着いているのである。


 つまり、これでは四本脚ではなく六本脚になってしまう。それも、翼が生えているのは肩の下というよりも後の方で、むしろ背中から出ているようにすら見える。


 いや、常識外れなのはそればかりではない。


 仮にこれが翼竜ではなく羽毛恐竜の一種だったとしても、それならばその骨格はミクロラプトルやシノルニトサウルスなどのような、常に二足歩行をする獣脚類のはずである。


 それなのにこれは、ディプロドクス科やブラキオサウルス科のような、基本的に四足歩行をする竜脚類と非常に類似しているのだ。


 小さな頭には二本の角が生えているようだが、首の骨もやけに長いし、やはりこれは竜脚類の身体の作りである。


 竜脚類の骨格で四肢の他に翼もある……そんな恐竜は無論、見たことも聞いたこともない……これではまるで……。


「ドラゴン……」


 私が思っていたのと同じ感想を、傍らのサトナカ君が譫言うわごとのように呟いた。


 そうなのだ。この骨格が一番近しい生物は何かと問われれば、それは翼竜でも恐竜でもなく、まさにあの伝説に聞く〝ドラゴン〟のそれなのである。


 もちろん、ドラゴンはあくまでも空想上の産物だ。そんなものが実際にいるわけがない……だが、この骨格を目の前にすると、どうしてもドラゴンのイメージを抱かずにはおれないのである。


「ドラゴンの卵……まさか、そんなことあるわけないですよね?」


 また譫言のように呟いてから、苦笑いを浮かべるサトナカ君が自らその発言を否定する。


「もちろんだとも。常識的に考えれば、竜脚類の奇形か突然変異個体の卵だったんだろう。まあ、そんなものが割れもせずに化石となって現代にまで残っていたとは、まさに奇蹟としかいえないような偶然の積み重なりではあるんだがな」


 私もそれに頷くと、自分の中の愚かな考えを払拭するかの如く、一応、説明のつく推論をどうにかこうにかして捻り出した。


「そういえば、出てきた場所についてもちょっと変わっていたな……」


 考えている内に、その出土状況についても疑問に思っていたことを今さらながらに思い出す。


 通常、卵の化石はその種の恐竜の営巣地で複数まとまって発見されるのが常だ。だが、今回の場合はこの卵単体での出土だったし、付近に営巣地としての痕跡もまるで見られなかった。


 考えられる可能性とすれば、土石流か河川の氾濫に営巣地が巻き込まれ、この卵だけがあの発掘現場付近にまで流れついたというものだが、もしもそうであったとしたら、この発見はますますもって奇蹟と呼ぶべき偶然の結果であったと言うべきだろう。


「より詳しく調べてみないと確かなことは言えないが、新種でなかったとしてもこれは大発見だ。それだけでも今回の発掘は大きな成果があったと言えるな。早く帰ってみんなにも知らせてやろう」


 CTスキャンで当初の予想を大幅に裏切るような、しかし、たいへん素晴らしい成果を得ることができた私達は、意気揚々と卵を抱いて、仲間達の待つ発掘現場へと戻って行った──。

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