私を喰らふ鍋
花野井あす
私を喰らふ鍋
月も星も無い夜。
周囲に灯りらしいものはない。
人はおろか、獣一匹の気配もない。
然し、私の周りには其れ等は居て、そしてじっと私を見ている。私は其れ等から追い立てられるように部屋へ駆け込んだ。
鍋に其れ等のすべてを詰め込んで。
私は只管にぐつぐつと其れ等を煮込んだ。
顔の皮だけが残っても。
すべてが融けるまで。
只管に鍋の中を掻き混ぜる。
早く。
早く消えろ。
一刻も早く。
急がなけれな、やつらが来る。
私は柔らかくなった肉は玉杓子で何度も、何度も圧し潰した。
形の残らぬよう、只管に。
一種の脅迫感が私を支配し、心の臓が早鐘を打った。
私は恐怖の中に焦燥を感じながら、ひたすら、手を動かした。
恐ろしい。恐ろしい。
此方を見るな。
原形がわからぬほどに崩れて、
すべてがどろどろの液体になったら。
庭の枯れ木のそばに流し込んで土に埋めた。
いけない。
やつらが追ってくる。
逃げなくては。
逃げなくては。
脈が早くなって、私の全身が震えた。
目を開けて、顔を背ければよいのに。
恐れが私の意思を麻痺させて、やつらから意識を離させない。
鍋の中のやつらが、追ってくる。
逃げなくては。
逃げろ。逃げろ。
其れはもう、其処まで来ている。
追いつかれる前に逃げなくては、喰われてしまう。
私は鍋を抱えて逃げた。
たっぷりと臓物の溶けたやつらの入った鍋を抱えて走った。
ひいひい言っても逃してはくれない。
やつらはすべての肉を噛み千切り、目をくり抜き、骨を砕くであろう。
早く逃げよう。
追いつかれてしまう。
早く、早く。
私は逃げた。
もう其れは、背後まで来ていた。
私は逃げた。
もう其れは、足を掴んでいた。腕を掴んでいた。
眼の前に居た。
私はそれでも、逃げ続けた。
外は闇。
何もない、ぽっかりとした空洞。
私はずっと鍋の中。
私を喰らふ鍋 花野井あす @asu_hana
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