横浜のクラゲ
白川津 中々
■
港から見える水面は赤潮に染まって、褐色だった。
「見て、クラゲが浮いてる」
彼女が指差した方向に目をやると、確かに小さなクラゲがプカリと浮かんでいた。小さく半透明なクラゲが、錆びた海の中でじっとしていた。
このクラゲは普段、自分で餌を探して食べ、生命活動を停止したら海底へ沈み、生物ポンプとなって炭素をくみ上げる役割を果たすのだろう。自然生物の一部として、自身の役割をまっとうするのだ。
俺はクラゲのようにはなれない。社会からはみ出した人間は生涯はみ出したままで、他者からの施しを受けようとも俺自身は糞尿しか出せない。俺は底辺の中で、誰かからの恵みによって生かされるばかりなのだ。
「お昼にしましょうか」
彼女の提案に「うん」と答えて、近くの定食屋に入った。彼女はうどん。俺はそばを頼んだ。会計は彼女持ちだった。
「存外イケるものだね。お値段も安くって、なんだか得した感じ」
そんな事はなかった。不味かった。けれど、彼女が金を出した以上、俺に文句を言う権利はない。愛想笑いを浮かべて、不味いそばを手繰った。
味気ない食事を終えて店の外に出ると磯の香りがした。それからブラリと近くを散歩して、また元の場所に戻ってきた。クラゲはもういなかった。どこかへ行ってしまったのか、それとも死んだのか。
俺はクラゲが、湘南か鎌倉の浜にでも打ち上がって干からびてほしいと願った。「クラゲよ、どうか、俺を一人に、俺だけを駄目にしないでくれ」と懇願したのだ。
「夜は、何を食べましょうか」
彼女の問に俺は答える。
「君が食べたいものにしよう」
俺は、誰かからの恵みによって生きている。
横浜のクラゲ 白川津 中々 @taka1212384
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