転がる石のように

登場人物


 ストーンフィールド

 老齢の竜。目が見えず、かつての力の殆どを失っている。竜よろしく、その血には一定の薬効があると嘯かれている。その為目立たぬように生活していた。

 一人称:わし 二人称:そなた


 ローリング

 14歳、女性。人生のあらゆる受難が一度に降りかかり絶望のさなかにいる(主にそれは望まぬ婚姻である)思い込みの激しい、利己的な女性。ストーンフィールドと偶然出会うことで彼女の人生は動き出すが、幸せになるかどうかはわからない。

 一人称:あたし 二人称:あんた(ら)


 バスタード

 28才、男性。魔物狩のスペシャリスト。界隈では「竜を狩れたら一目置かれる」という風潮があり、そのために竜を探している軽薄な男……という事になっている人を思うと決めたら思い続ける、その実一途な人間。

 一人称:俺  心を許した相手への一人称:僕 二人称:君


 オーザ

 竜の付き人。"恐らく"竜よりは若く、人よりは遥かに長く生きている。性別不問。中性的な喋り方をする。竜の眼であり、爪であり、牙である。竜の秘密は彼女が"始末"することで守られている。

 一人称:わたくし 二人称:あなた


†††††††††††††††††††††††††††††††††††††


ストーンフィールド:「ああ……、オーザ」

オーザ:「ストーンフィールド。もう人の言葉を話さない方がいい。その大きな頭が、割れそうに痛むのでしょう」

ストーンフィールド:「ああ。痛む。それでも話したいのだ。オーザ。この巨体が砕けてしまう前に、そなたと話したいのだ」

オーザ:「縁起でもないことを」

ストーンフィールド:深く息を吐く。


ストーンフィールド:「そなたの名を、聞かせてくれ」


オーザ:息をのむ


オーザ:「なにを突然っ。わたくしはオーザです。竜の目、竜の腕。そして竜の牙。もう数えるのをやめるほど長く、あなたにお仕えしてきたではないですか」

ストーンフィールド:「もう、よいのだ。もう時が残されていないのは、お互いにわかっておるじゃろう」


ストーンフィールド:「さぁ、教えておくれ」


オーザ:「……あの日々のことは、とても鮮明に覚えています。灰色をしていた日々が、まるで絵の具でもぶちまけたかのように鮮やかに、そして目まぐるしく動いていきました。それでも、わたくしにとっては。灰色をしたあなたの隣に、石のように座っているときが。何物にも代えがたい宝石のようでした」

ストーンフィールド:「聞かせておくれ、名を知らぬお方。においも、声も知っているのにその名だけを知らぬお方。そなたの定めはどのように転がったのか。そしてわしのもとに転がりついたか。このストーンフィールド、生涯の終わりにせめてそなたくらいは、拾い上げて差し上げよう」

オーザ:「それはあの日、わたくしが嫁いでいこうかという日でした。遠い、遠い昔のこと……」



ローリング:「この頃の街はなんだか、浮かれていて騒がしいわね。身なりの悪い男たちがいっぱいいて」

バスタード:「そう言うなよ、ローリング。傭兵の連中だって色めき立つさ。なんたって、竜のうわさが流れてるんだ」

ローリング:「あんたもその一人でしょ、バスタード。近寄らないで。うっすら血あぶらのにおいがする」

バスタード:「よく利く鼻をお持ちだな。だてに香水商の一人娘じゃあないってことか」

ローリング:「こんどその呼び方をしたら、その立派なものを思いっきり蹴っ飛ばすわよ」

バスタード:「おお、怖い。怖い」


音響指示:雑踏のがやがやが入る。


バスタード:「今回も無駄足かと思っていたが、案外そうでもなさそうだ」

ローリング:「竜紋章のこと」

バスタード:「ああ。その全員が竜の祝福を受けているというあの竜紋騎士団。竜を狩ることで勇名をはせたあいつらがいるとなれば」

ローリング:「あんたも無事死にに行けるってわけね」

バスタード:「せっかく会えた君を置いていくのは心外だがね」

ローリング:「どうでもいいわ。あたしにはどうせ、関係ないもの」

バスタード:「この領地から竜の血が出れば、きっと一生遊んで暮らせるぞ」

ローリング:「金貨がどれだけあったって、それを持っていく先がどこにもないんだもの。関係ないわ」

バスタード:「……名家のご令嬢も楽しいばかりじゃないってことか。……って、どこにいく、ローリング! 待ってくれ」


音響指示:早足の足音。


バスタード:「ううん、一言多すぎるのが僕の悪い癖だねぇ……」


バスタード:「まぁ、誠実でないのはお互い様ということで……。豪商の娘なら顔も広いかと思ったら、あまり役には立たなかったか。まぁ、探し物が探し物だからなぁ」


バスタード:「必ず探し出す。オーザ、僕の大切な、竜に囚われた人」



オーザ:「ふふ、山のふもと、というのは……ヒトにとっては天然の城壁。窪地に領土を構えるというのは、理に適ってはいますが」

オーザ:「竜の目で眺めれば、営みのすべてが筒抜けになってしまいますね。行軍の備え……。ヒトは懲りないですね。おおむね、兵としては騎士団の五百とその他大勢……といったところでしょうか」


オーザ:「……少し、物足りないかもしれませんね」



ローリングN:その日は、あたしがあたしでなくなってしまう日だった。教会に引きずっていかれて、とってつけたようなドレスを着せられて。神父様がなにか言ってるのを神妙な顔を作って聴いて、どこの誰とも知れない男の顔が近づいてくる。誓いの口付けがどうたらこうたら……それが起こったのはその時だった。

ローリングN:でも、結果は何も変わらない。あたしはあたしでは無くなった。それが結果。


音響指示:早鐘の音


ローリング:「はぁ、はぁ……。火が迫ってる。……家の人たち、みんなひどい人だったけど。せめて最後くらいは祝福あれ」


音響指示:走る足音


ローリングN:街は、どこも似たような惨状だった。何が起こったのかはわからなかった。ただ、竜紋章の盾が、剣が、槍が、そこらじゅうに散らばっているのがみえた。つまり、どこに逃げても無駄なのでは。諦めが頭をよぎった。その時、咆哮が私の耳を叩いた。


バスタード:「オーザぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


オーザ:「明らかに生身、ですよね。竜紋騎士団より食い下がれるのは、なぜ」

バスタード:「祝福など生ぬるい! 僕は呪われているんだ、そう、君と同じように! オーザ!」

オーザ:「ああ、そういうことですね。で、あれば。どうやら竜紋騎士団よりも、この若造の方が危険なようですから」

バスタード:「今の主人はストーンフィールドというのか。そんなことは、どうでもいい!」

オーザ:「そうでしょうね。わたくしもです。だって、こんなにも血湧き肉躍るのですもの!」


ローリングN:二人の剣と、爪? が交錯したその時、あたしは一も二もなく一目散に逃げ出した。バスタードの手を引いて逃げる? 無理だ。街中が燃え盛っているこの時ですら、あの場所が一番危険だという確信がある。


バスタード:「ようやく見つけたのに、僕の顔も名前も覚えていないか、オーザ」

オーザ:「あいにくと主人でないものの名前なんて、何の価値もないものですから」

バスタード:「それなら何度でも名乗ろう。僕は竜殺しのバスタード。君に見出され、君に救われ、君を愛し……しかし君を決定的に殺し、呪ってしまった。その罪を今、贖いにきた」

オーザ:「そういうのを、押し付けがましいというのです。もっと単純に楽しみましょうよ! この果し合いを! たったの街一つで終わらせていいんですか!?」

バスタード:「いくらでも滅べばいい、周りの何もかも。君の心臓を貫くためなら、神の命ですら捧げてみせる」

オーザ:「そう来なくては!」


ローリング:「……ここまで来れば、安心かしらね。城門はひどい有様なのがわかりきってるから、いつもの抜け道を使わせてもらった、けど」

ローリング:「領地を抜けたからって安全な訳ではないわ。急いで安全なところまで、逃げない、と……」


音響指示:巨大な足音


ローリング:「何よ、あれ。まるで山が動いてるみたい。あれが、竜? あんなやつををバスタードは殺したの?」

オーザ:「ええ、彼はそのように嘯(うそぶ)きました」

ローリング:「ひっ」

オーザ:「竜の姿を見ましたね。ならばあなたの運命は二つに一つです」


オーザ:「仕えるか、死か」


ローリングN:バスタードがどうなったのか? 街のみんなは? そんなこと、今考えられるわけもなかった。首筋に血の線が、オーザと呼ばれた女の爪に沿って引かれる。わずかに痛む。その痛みだけで、私の全てを折るには十分だとわかりきっていたかのようだ。


オーザ:「さぁ、どうします?」

ローリング:「殺さないで」

オーザ:「二つに一つだと言いました」

ローリング:「仕えます、仕えます! なんでもしますから殺さないで!」

オーザ:「よくできました。ではこれを飲んでください」

ローリングN:それは煌めく虹色をして、どろりと粘性を持った液体。とても飲みたいとは思えなかったけれど、聞いたところで答えてくれるとは思えなかったし、「二つにひとつ」だっていうから。しょうがなかった。


ローリング:「う、ぷ。飲んだわ」

オーザ:「よくできました」(満足げに頷く間をおく)


オーザN:ちょろいものです。卑怯な手です。その自覚はわたくしにもありました。もっとも良心の痛みとか哀れみとか、そう言ったものは全くありません。わたくしは、わたくしのために誰かが必要でした。それはたまたまこのローリングという娘でした。あとは討ち漏らしたバスタードという若者……。


バスタード:「……それなりに多くの竜を殺して、その血の力を得てきたつもりだったが。それがあの人の姿をしているだけでこんなに切先が鈍るものか。両腕を落とされた。元に戻るにはしばらくかかりそうだな」

バスタード:「オーザ……。何かに囁かれたかのようにどこかに飛んで行ったが……おかげで助かった」


バスタード・オーザ(同時に):「次に会った時には、必ず」

バスタード:「救ってみせる」

オーザ:「ちりも残さず消し去ってあげますよ」

ローリング:「殺さないって言ったじゃない!」

オーザ:「あなたのことじゃありません。さぁ、では話しましょうか。わたくしの思いを。あなたには、そのお手伝いをしてもらいますので」



演技指示:(以降、「オーザ?」の役名がついているセリフはローリング役がオーザ風に演じる。)


ストーンフィールド:「……オーザか?」

オーザ?:「ただいま戻りました。街に集まっていた竜紋騎士、総勢五百名。打ち果たしてきました」

ストーンフィールド:「なぜだ……?」

オーザ?:「なぜ、と言いますと」

ストーンフィールド:「オーザ。そなたほどの使い手なら見下ろした瞬間にわかったはずだ。竜紋騎士の祝福など、全くの嘘だと。つまりわしの鱗に傷一つ付けられないことが、わかったはずだ。それなのにそなたは、街を襲ったな」

オーザ?:「……」

ストーンフィールド:「なぜだ、オーザ」


オーザ?:「それでも、もし本物だったら、と思うと気が気でなくて」


ストーンフィールド:「……ほう」

オーザ?:「いえ、柄にもないことをしました。また哨戒にでます。追手が出ているかもしれませんので」

ストーンフィールド:「気をつけよ、などというまでもないか。頼んだぞ、竜の巫女」


オーザ:「どうでした、間近で見る竜というのは。存外、シワだらけで見にくかったでしょう」

ローリング:「そんなこと気にしてられなかったですよ! これっぽっちも!」

オーザ:「でも、いい演技でしたよ。目が見えないことはわかったでしょう」

ローリング:「こちらには一瞥もくれませんでした」

オーザ:「人の言葉も、ほとんど聞き分けられていないはず。あの竜から見れば、あなたはどこからどう見てもオーザ。そういうことになりますね」

ローリング:「それって。私はあなたの代わりに「オーザ」になれってことですか」

オーザ:「そうです」

ローリング:「いつまで?」

オーザ:「さぁ。それは、あなたの覚悟次第」


ローリングN:それから、私と竜との生活が始まった。竜はストーンフィールドという名で、竜の中でもひときわ年老いている者らしかった。その血が持っている力も、それに伴ってとても強いらしい。オーザがそう言っていた。


オーザ:「わたくしはね、あの竜の力も欲しいのです」

ローリング:「強そうだから、ですか」

オーザ:「ええ。あの芳しい香りのする体から、一体どんな力を得られるのか! 想像するだに興奮が止まらないわ。でも、そのためにはあなたが必要なのです。面倒なことですが」


ローリングN:つまり、オーザの見立てではこういうことだ。オーザが今まで取り込んできた、全ての竜の力を束ねても、ストーンフィールドには傷一つ付けられないらしい。竜というのは多かれ少なかれそういうものだけれど、ストーンフィ―ルドの血はことさら強く、よその血に対して反発する、らしい。


オーザ:「そこで、『純血』のあなたの出番というわけです」

ローリング:「あたしには、ストーンフィールドの血しか入ってないから」

オーザ:「はい。あなたに渡したのは本当に奇跡の一滴です。一度、地崩れからわたくしを庇った時に偶然こぼれ落ちたもの。その血の力をもって、ストーンフィールドを殺してください」

ローリング:「守ってくれたのに、殺すのね」

オーザ:「守られなくてもわたくしは無事でした。そういうのは隙を見せた、というのです」

ローリング:「知ってたと思うけど、ストーンフィールドは」


オーザN:あの古い竜がどういうつもりだったか、なんてわかって、いいえ、すぐにどうでも良くなったのです。わたくしの体に宿したたくさんの竜が泣くのですから。もっと新しい血を、新しい仲間を、と。わたくしはその声に応えたかった。バスタード、とやらも同じ気持ちのはずですが。


バスタード:「う、ガァぁぁぁあ! うるさい、僕の頭の中で喚くな、竜ども! お前たちは死んだ、僕のために、オーザのために死んだんだ!」

オーザN:それとも、愚かにも。何の理由があるのかわかりませんが。

バスタード:「まだ、だ。もう少しだけ耐えろ、僕の心。竜に呑まれてしまう前に、オーザを。あの人を」

オーザN:わたくしのために、か細く鳴いているのでしょうか?

バスタード:「解き放ってやるんだ。この力で、必ず」


オーザN:ふふっ、とても滑稽で……涙すら出てくる。ドス黒い、何もかもが混ざった色の涙が。


ストーンフィ―ルド:「オーザよ。先に滅ぼした街の様子はどうだ」

オーザ?:「隣の領から続々と人が集まってきています」

ストーンフィールド:「そう、だろうな」

オーザ?:「ストーンフィ―ルド、泣いているのですか」


ストーンフィールド:「もう、たくさんなのだ……」

オーザ?:「ストーンフィールド」

ストーンフィールド:「竜として生まれ、誰も害さず生きようとしてきた。だが誰もが、わしの周りでわしの知らぬ間に死んでいく。オーザ、そなたの行いを責めようというわけではない。だがわしが生きているだけで、そなたのように張り切るものがいて、その結果滅ぼされるものがいる。わしはそれが悲しくてならぬ……」


ローリングN:ストーンフィールドの涙は止まらない。そうやって涙を流す竜の顔が、少しだけ、本当に少しだけ愛らしく見えた。私は彼の涙を小瓶に掬って固く栓をした。とても透明なそれを、いつまでも持っておきたいと思ったからだ。


ストーンフィールド:「オーザ、今日はわしのことを、泣き虫だとあざけらないのだな」

オーザ?:「……ええ。そのしわくちゃな顔を見るのも、もう飽きてしまいましたから」

ストーンフィールド:「そうか。……そなたとも長くなったものだ。わしを殺したいのだろう?」

オーザ?:「……っ! それを知りながら、なぜそばにおいてくださるのですか」

ストーンフィールド:「それでもそばにいてくれるからじゃよ。ともに叶わぬ願いを抱きながら、とこしえに近い時間を共にする。それだけでわしは幸せなのじゃ」

オーザ?:「叶わぬかどうかは、やってみなければわかりませんよ」

ストーンフィールド:「無理じゃろうな。わしの血は、かつて生きた古い竜すべての礎。ゆえにすべての竜といがみ合う……。竜の力では、わしは殺せぬよ」

オーザ?:「……わたくしの見立ては正しかったということですか」

ストーンフィールド:「わしを殺せるものがいるとしたら、わしの血を受けたものだけ……それはとこしえに叶わぬ。わしに血を流させるものが、いないのだから」

オーザ?:「やはり、独りでいるのはさみしいですか」

ストーンフィールド:「死を望むほどには、つらいものじゃった。今はそなたがいるが、オーザ」

オーザ?:「……お互いにかごの中、とは。互いに報われない話ですね」


ローリングN:この竜が抱くとてつもないさみしさを、あたしはこの時知ることになった。それを、ひいてはかの竜を取り巻くすべての因縁を断ち切れるのは、あたししかいないということも……。

オーザN:そのことをわからせるためにすこしだけ泳がしておきましたが。わたくしにも我慢の限界というものがありますので。そろそろ動いてもらいましょうか。


ローリングN:あの日からひと月が経った頃には、あたしの体はすっかり硬くなって。肌にはうろこのような突起ができ始めていた。あたしに、覚悟を決めろと迫っているかのようだった。

ローリングN:そんなもの、もうとっくに決まってるんだけどな。


オーザ:「そろそろ竜の血が、体になじんできた頃でしょう。あの竜の喉を掻っ切ってやれるのも、もうすぐでしょうか? いつやりますか? 楽しみでなりません」

ローリング:(かぶせて)「オーザ、あのさ」

オーザ:「竜の力を得たとたんに大きな口を利く。踏み潰されそうなネズミのようだったひと月前とは大違いですね」

ローリング:「まだ、本当に、ストーンフィールドの力が欲しいの?」

オーザ:「はい。欲しいですよ」

ローリング:「ストーンフィールドがあなたのことを、……愛していたとしても?」

オーザ:「はっ。知ったことではありません。わたくしはわたくしの力が欲しい。それだけです」

ローリング:「……それを聞いて安心した。じゃあ、これをあげる」

オーザ:「この小瓶……、まさか、ローリング」

ローリング:「ストーンフィールドのそれに相違ないわ。飲めばいい」

オーザ:「どうやって」

ローリング:「……彼があなたのことを愛しているから。欲しいと言ったらくれたわ」

オーザ:「よこしなさい」

ローリングN:あたしは止めなかった。オーザがそれを飲み干すのを。すべての竜の力と反発して、それを打ち消す涙が、オーザの体にしみわたっていくのを。

オーザ:「ふふ、ふふふ。これが古き竜の力! これがあればわたくしは、わたくしは……、あれ、声が。竜の声が聞こえなく……」

ローリング:「オーザ、具合はどう?」


オーザ:「あ、あ……あ、……ああああぁぁぁぁぁぁ!」


ローリング:「オーザ!」

オーザ:「これは、これは! すべてわたくしがやったんですか? 人の腹を割き、腕を契り、首を刎ね……、命を奪った。これをすべてわたくしが……ああ! ああ! バスタード! そのたびに彼がわたくしを止めようと!」

ローリング:「待って、オーザ! どこへ行くの!」

オーザ:「バスタードのところへ。わたくしを想ってくれて、わたくしが裏切り続けたあの人のところへいって、贖いを……!」

ローリングN:あたしは走っていくオーザを、少し後から追った。石を転がしたのはあたしだから、せめて行先くらいは、見届けておきたかった。

ローリングN:仕上げも、必要だし。



バスタードN:腕が生え変わったところで、オーザに勝って彼女を救えるとは思えない。だがこの命を持て余していてもしょうがない。今度であった時には、本当に全力で。

バスタード:「あの人を、殺して見せる」

オーザ:「バスタード! どこですか、バスタード!」

バスタード:「オーザ……? なぜ僕の名を……。だれに吹き込まれたのか」

オーザ:「バスタード! バスタード!」

バスタード:「いずれにせよ好機……。自分から居場所を明かしてくれるとは」


オーザN:バスタード。ああ、バスタード。私をどうか。罰してください。

バスタードN:オーザ。ああ、オーザ。この時をどれほど待ち望んだか。刃を持ち上げ、声の方へ、走る。


オーザ:「バスタード、どうか私を!」


バスタード:「獲ったぞ、オーザ!」


音響指示:肉を刺し貫くSE


バスタードN:それは僕が思っていたよりも、はるかに硬かった。少なくとも、知っていたオーザの柔らかさではなかった。


オーザ:「……! ローリング!」

バスタード:「なに……。なぜかばう、ローリング。お前も僕の邪魔をするのか!」

ローリング:「バス……タード」

ローリング:咳き込む


ローリング:「よくわかった。どうせあたしのことなんて、なんとも思ってないって。思ってた。その通りだったわね」

バスタード:「どけ、その手を剣から放せ!」

ローリング:「だから……呪ってあげる」

バスタード:口をふさがれて苦しそうにする。


ローリング:「竜の口づけ、祝いの印。あたしの祝福を胸に刻んで、その痛みとともに生き続けなさい」

バスタード:「何を飲ませた……! ……? なんだ、竜の声が。頭の中にあれだけ響いていた竜の声が聞こえなくなって、いく」

ローリング:「……そして、安らかに眠るといいわ。大事な人に看取られて、とこしえに眠りなさい」


オーザN:わたくしをかばったローリングは、そう言うと翼を大きく広げました。それはわたくしの背中から抜け落ちたものよりもはるかに大きく、羽ばたき一つで……、ただの人に戻ったわたくしと、バスタードを吹き飛ばして余りあるほどでした。


バスタードN:僕はそれで、いろいろなことを同時に知った。力を失ったこと。呪いを解かれたこと。祝福を受けたこと。そして……大きな悲しみを渡されたこと。

オーザ:「バスタード!」

バスタード:「……オーザ? 僕の名を……。僕の名を!」

オーザ:「ごめんなさい、バスタード。わたくしは、本当に……たくさんのことを」

バスタード:「まて、飛びつかないでくれ。もう体が……」

ローリング:「もう剣も持ちあがらないでしょう。それがあんたの本当の体。せいぜい大切に生きることね」

オーザ:「ローリング! あなたは!」

バスタード:「ローリング! 君は……」

オーザ:「ローリング、あなたも」

ローリング:「あたしも。決めたから」

バスタードN:ローリングは羽ばたきのたびに、天に向かって登っていく。僕たちを置いて、遠くに旅立っていく。

ローリング:「だから……それ以上何も言わないで」

オーザN:それっきり、ローリングはわたくしたちの前に姿を現しませんでした。何が起きようとも、一度も。

バスタードN:あの竜がどこに行ったとしても、僕たちには追いかけるすべはなかったけれど。できるなら、一言礼くらいは言いたかった。



ローリング:「これがわたくしの、あなたとの生い立ちです」


ストーンフィールド:「それで、どこに行っていたのだ」


ローリング:「オーザの葬儀に参列してきました。バスタードが先に待っているのですから、

それは安らかな寝顔でしたよ」

ストーンフィールド:「そうか……それは、本当に良かった」


ローリングN:ストーンフィールドの体は、まるで礫岩(れきがん)がはがれるように、徐々に崩れていた。もう、滅びの時が近い。それは等しく、あたしの滅びも意味する。


ストーンフィールド:「……そなたは」

ローリング:「はい」

ストーンフィールド:「本当に良かったのか。オーザ。こんな、わしのようなものと滅びる定め……」

ローリング:「それは……」

ローリング:ため息

ローリング:「残念でなりません。ようやく翼も生え変わって、立派な尻尾も貰えて。あなたに添い遂げるのにふさわしい姿になってきたのに。あなたと別れるのが、口惜(くちお)しくてなりません」

ストーンフィールド:「そなたが……。それほどわしを思っていたのか」


ローリングN:オーザは、決して泣かないだろう。例え唇を咬み切ろうとも。自分の崩れ行く体がこんなにも戦慄(わなな)いていても。

ストーンフィールド:「すまぬ……気付けずにいて」

ローリング:「わたくしは……」


演技指示:一拍


ローリング:「あたしは、幸せでしたよ。ストーンフィールド、あたしをそばにおいてくれた人」

ストーンフィールド:安らかなため息。


演技指示:一拍


ストーンフィールド:「ありがとう、ローリング」


転がる石のように おわり


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

声劇シナリオ 瑞田多理 @ONO

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る