あの日、たしかに夏だった

藤倉みろり

あの日、たしかに夏だった

黙祷のサイレンあの夏からずっと追いかけ続けた逃げ水がある


きみの話をじっと聞くことはできる 頃合いを見てそうだねと言う


胸元と腰に縫いとられた姓がちぐはぐでも体操服着なきゃ


喉奥に塩素のにおい 狂わずに来る月経を憎いと思う


「全員が主役」を掲げた教室で私の髪だけが濡れてない


流行歌なぞる人へと貸すリップいつぞやのアヴェ・マリアが似合うよ


さっき買ったアイスクリームをぱたぱたと零せば蟻の神様になれる


ジョバンニがあれから毎日見上げてた銀河が買収されたんだって


もしかしてアダムとイブは初恋を知るより先に果実を食べたの


骨ばった肘で互いを小突いたら倫理の割れる音がしたよね


アタシたち蝸牛みたいに絡み合う 急いてはコトを仕損じるから


ぺっこりとへこんだハミガキ粉のチューブ 絡めた手と手の強さを思う


八月六日ハチロクに持ってかなかった朝顔の観察日記のしろさ、焦土の


人生に悪影響なものだけを集めた青春専用パルフェ


楊枝入り割り箸だったら良かったねたこ焼きはんぶんこできたのにね


充電を忘れたAirPodsのようにふたりは雨のバス停の中


ヨーグルトにドライパインを沈ませて水気を吸わせるみたく、くちづけ


アキアカネのつがいがちょちょんと尾をつけたプールの水を羊水と呼ぶ


借り物のスポーツタオルを天高くぶんぶん回して秋を攪拌


いつかまた愛せるときがくるとしてメゾソプラノに居場所はあるかな

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あの日、たしかに夏だった 藤倉みろり @fujikura_mi

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