レム・デビル

花野井あす

レム・デビル

眠るとき。

あなたはミスター・エックスに声を掛けられたことはあるか。


姿がはっきりと見えぬ、黒く塗りつぶされた顔をした、体に真っ黒な服を着た男だ。

声は低く、彼の話す言葉は、地響きの轟くような音で紡がれている。


ミスター・エックスは、睡眠者の腹や胸の上へ乗る。

彼はずっしりと重量があり、彼がいる間は体を自由に動かせない程だ。


ミスター・エックスは、耳元で何度も何度も囁き、嚇かす。

「起きろ、起きろ、ジャック。」「眠るな、ジャック。」と。何度も何度も。

此の呼びかけは覚醒するまで、続けられる。


ーーちなみに、ジャックは僕の名だ。


「おやすみなさい。」

娘のべスの頬にキスをして、妻エッヴァと口づけを交わし、僕は夜の九時きっかりで寝床へ潜り込んだ。


さあさあ、ミスター・エックスとの会合の時間だ。


目を閉じると、ふわふわと體が宙へ浮きはじめ、胸が急っと締め付けられ、頭がずうんと揺さぶられる。


この感覚を味わっていると次第に両手両足が重りがつけられたように重たくなり、自由がきかなくなる。


少しずつ體は地へと落とされ、手も足も動かせない。意識だけが、明瞭だ。


「ジャック…。」

ああ、此の声。ミスター・エックスがやってきた。


僕の上半身かみはんしんの上に跨り、「ジャックゥ、ジャックゥ。」とおどろおどろしい声で僕を呼ぶ。


周囲は歪んだ乳白色の空間で、この場には僕とミスター・エックスのみ。


體はどこかへ急降下しているような圧を感じ、頭はぐあんぐあんと音を立てる。


あまりの気分の悪さに、僕は硬直して動かぬ脚や腕を動かそうと必死にもがく。


そしてやっとのこと飛び起きるのだ。


しかし体を起こすと、ミスター・エックスの姿は無い。


きっと彼は現実と虚構の瀬戸際に現れる、夢の神モルペウスなのだ。




一体どんな夢を見させようとしていたのだろうか。

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レム・デビル 花野井あす @asu_hana

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