エピローグ:堕天使の楔
平日の昼過ぎ。時計の針は、14時丁度を刺していた。俺は、校舎の屋上で空を見上げていた。平日の14時と言えば、同級生は皆授業中である。だから、そんな時間に校舎の屋上に存在すると言う事は、さぼり癖をついた不良か……授業より大切な何かの為にこの場所に来ているかのどちらかだろう。むろん、俺は、後者の方である。
バタン
と、屋上の扉が開かれた。その扉から出てきたのは、井原要だ。
「よく来たな。正直……本当に来るとは、思わなかったよ」
「呼んだのは……燐君でしょ? 私も実は、来るつもりは、無かったんだけど」
そう言った井原要の表情は、何時もより真剣で何故か何時もより意志の力を感じだせた。そのまま彼女は、俺の元までユックリと近づいてくると、丁度1メートルぐらいの距離をあけて立ち止まった。
「なら、どうして来たんだ?」
「一応、最後のお別れの挨拶でも……しておこうかなって」
「……」
「もう、色々……ばれちゃってるよね?」
井原要は、苦笑いと浮かべながらそう聞いてきた。俺は、少し頭を傾げて何時もと様子が違う井原要の顔を見据えた。
「そうだな。けど……実際に要の口から聞かないと納得ができない」
「だから、私をここへ呼んだの?」
少し悲しい口調で言う井原要に俺は、コクリと頷いて見せた。
「俺は、ずっと考えてたんだ。どうして、要が……茜を拉致して翔太に手引きしたのか……。理由が解らなかった。要が翔太に弱みを握られていたのかとも考えた。しかし、お前は……そんな事に屈するほど弱い人間じゃない」
「……」
「要……翔太をアイオーンと呼ばれる人物に引き合わせサイボーグ化手術を受けさせたのは、お前だな? それだけじゃない。茜の携帯電話を使って俺の携帯電話に挑発的な電子メールを送ったのも……」
「うん、そうだよ」
井原要は、まるで童女の様にくったくのない笑みで答えた。
「どうして……そんな事をした? 要は、アル・デューク側の人間なのか?」
「しかたが無かったのです。上からの命令で仕方が無く……。私は、アル・デューク側の人間……ダカラ」
井原要は、悲しそうな表情で俺の顔を見る。
「燐君。人間止めちゃったんだね?」
「ああ……」
「どうせ……人間やめるなら、こちら側にくればよかったのに。私ね……燐君の側にセムリアのアンドロイドが居る事を知って驚いた。とても悲しかった。燐君が取られちゃうって思っちゃった。実際……そうなっちゃったけど」
「……」
「燐君は、私とよく似てる。だから、燐君の欠けているものが良く解ってた。貴方なら……お互い理解しあえるかもしれないって期待してた」
井原要の身体は、震えていた。涙は、流していない。だが、身体で泣いているような感じだった。俺は、手を差し伸べるべき手を持っていない。昔の俺なら……アスカと出会う前の俺なら……素直に井原要を抱きしめていたかもしれない。今の俺には、その資格さえ無くしてしまっている。
「ねえ、燐君は、これからどうするつもり?」
「……まだ何も考えて居ない」
「そう。私はね、こう考えているの。アル・デュークとセムリアと言う異星人は、人類の進むべき道しるべになるべき存在だって。だから、人類の裏切り者として貴方は、どちらが正しき道しるべになると思う?」
「俺は、まだそんな事を考えた事はない。俺がセムリアの尖兵になったのは、ただ……護りたかっただけだ」
「それは、わかってる。でも、尖兵になった理由は、別にして……私達は、人類の道しるべとなるべき存在の尖兵なんだよ」
「そんな事は……」
「だから……今度会う時は、敵同士で……どちらが人類にとって有益で為になるのか……納得のいくまで殺し合いましょ」
井原要は、とても嬉しそうに笑って居た。それが俺達の宿命だと言わんばかりに笑って……。
「俺は……要とは、戦いたくない」
「……」
「それでも俺は、お前とは……戦いたくない」
俺がそう言うと井原要は、「駄目よ」と小さく呟いた。
「じゃ、そう言う事だから……サヨナラ」
井原要は、俺に背を向けて歩きだした。
「さよなら」
「サヨナラ」
それが俺と井原要の最後の言葉だった。その言葉は、決別を意味していた。その言葉は、もう二度と友達だった頃に戻れない事を意味していた。その言葉は、永遠の別れの言葉だった。俺は、空を見上げた。蒼い空が俺の瞳の中に飛び込んでくる。だが、すぐにその蒼い空が濁り始めた。俺は、涙を流していたのだ。喪失感とでも言うのだろうか。
いや、違う……。
この感情は、もっと原始的なモノだ。
この時、俺は……初めて悲しみと言う感情を理解できたかもしれなかった。
終末のアイオーン @serai
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