第40話 章の締め。
……。
……。
学校に登校した私に、親友の美咲が話しかけてくる。美咲とは小学校も中学校も別で、高校で知り合ったばかりの友達だったが、不思議なくらい趣味が重なる子だった。
小さいころから本が好きだった私。美咲はそこまで本を読む子では無かったらしいが、私の貸した本を読みながらどんどんとはまっていった。
「涼子! ちょっとこれ見て?」
「なになに? ああ、今週出た新刊?」
「そうそう、これ面白すぎて昨夜一気に読んじゃったのよ」
「へえ、何々……。王子と聖女? 随分直球のタイトルね」
「ね……タイ……トル……」
――え? なに? もう一度言って?
……あれ? 涼子? 私?
王子と聖女?
……あれ? ウィナ? 私?
……。
やだ……。
戻りたくない……。
……。
……。
「んん……」
ここは?
ベッド?
目を覚ました私の心は二つの世界のはざまで未だ揺れていた。
日本での生活を覚えていることは幸せなのだろうか。心は豊かであるのだろうか。
私がこの世界に意識を得た時。その記憶を記されて居たのにも関わらず、十年近い歳月の中で徐々にそれは薄れていった。
ただ、その想いはその日から変わることなく。今日まで続き。
……殿下に私の愛を。
……エリーゼに幸せを。
……
まだぼやけた頭のまま、私は体を起こし周りを見回す。
「病院? ……死ななかった」
ここが病院ならそうなのであろう。間違いなく日本ではない。貴族向けのこの世界の施設。
ズキン。
まだ背中が痛む。日本と違い魔法という概念の有るこの世界では、治療も魔法で行う。しかしその治療を出来る程の聖魔法の使い手はそこまで多くない。
RPGゲームのように簡単に治癒が進むものでもなく、治癒力を高めると言った効果の物。本当にゲームのような効果を表す聖魔法など、この世界に数える程しか存在しない。
その一人が聖女となるエリーゼなのだから。
……おなか。すいたなあ。
私のベッドに顔を埋めて寝ている女性に目をやる。ハンナの寝てるところなんてすごく久しぶりに見たかもしれない。いつも私より遅く寝て、私より早く起きている。
心配させたんだろうな。
何日も寝ないで看病していたのかも。そんな事を思うと起すのも忍びない。私はそのままそっと体を倒す。
傷口は塞がっているのだろう。背中を付けてもそこまで痛いわけでは無い。病院のはずなのに妙にお金のかかった天井を見つめる。
背中の空いたドレスなんて着れなくなっちゃうかな……。あ、水着も厳しいのかしら。それとも魔法の力で傷は見えなくなってるのだろうか。
ちょっと怖くて見れないわね。
……。
やがてハンナが目を覚ます。
「ウィナ! 良かった……」
「ごめんね。心配かけて」
「何を言ってるんですが。とても誇らしいことですよっ!」
「え?」
「だってそうでしょ! 殿下の身を守って……」
「ちょっと待って。えっと……。ハンナもそれを聞いたの?」
「もちろん。街中その話で持ちきりよ」
「……えええ」
なんだか嫌な予感がする。
その予感はみるみるうちに現実へと繋がる。
私が目を覚ました話が伝わり、殿下が私の見舞いにやって来る。その殿下の目がどうも今までと違う。優しいのだ。
私は四日ほど寝込んでいたらしいが、その間毎日クルーガーと様子を見に来ていたという。クルーガーでさえ、私へ向ける視線が和らいでいる。「お前がリックを庇わなければ俺は……」なんて感謝まで口にした。
「申し訳ありません。陛下とのお約束がありましたのに……」
「何を言う。父もあのことでは感謝をしている」
「いえ。国民として当然のことをしたまでで……」
「……そう言うな。私も感謝しているんだ」
「はい……」
いや。実際殿下に優しい目で見つめられ、笑いかけられれば蕩けるような気分になるの。私は思わず唇に手をやる。
……あの時の感触。もしかして?
私の動きを見た殿下の動きが止まる。みれば殿下の顔が仄かに紅潮しているようにも思えた。それを見て私は顔を真赤にさせてしまう。
――え。やっぱり? でも……よく覚えていない。
寂しいような恥ずかしいような気持ちの中、私はごまかすように話を変える。
「その、例のあの話……」
「ん。あの話?」
「はい……」
殿下はすぐに思いあたったようで、少し困ったような顔になる。
「今日、この後、父が来るらしい」
「……はい?」
「ははは……」
陛下が……。ここに?
ガタッ。
「ハ、ハンナ! よよよよ洋服を!」
「は、はい!」
「待て!」
「で、殿下。申し訳ありませんが私はすぐに着替えますので」
「だから待てと言っている」
「待てません。こんな格好で陛下をお迎えなんて」
「ウィナ!」
「……はい?」
「お前は静養中なんだ。その格好で構わない」
「し、しかし!」
殿下は良い。自分の父親にあうのだから。私は別なの。この国の王様がここに来るというのに。ベッドで寝たままなんて……。
その時スッと病室のドアが開き、見たことのないスーツを着た男が部屋の中に入ってくる。
……え?
すぐに同じ格好をした男性がもう一人病室に入ってくると、同じ様に部屋の中をチェックし始める。
どう考えても殿下のリアクションを見る限り、陛下では無さそうだが……。その男たちの行動を見る限り、護衛なのだろう。
その様子に私達は動けずにただ黙って見つめていた。やがて部屋のチェックを終えるとドアの向こうに合図をする。
そして、今度こそ陛下が私の病室へ入室してきた。
私は既にベッドの上で正座をしている。
「このようなむさ苦しい場所にわざわざ申し訳ございません」
「……よい。顔をあげよ」
「はい」
「ふむ……。父親似だな。面影がある」
「はい」
「この度のこと、大儀であった」
「いえ……」
「思ったより元気そうだな」
「はい」
「それで、フレデリックとの許嫁を解消したいとか……」
「え? あの……」
「それはまかりならん」
「え……」
「ただ、婚約は卒業までまってやる。それまでに気持ちが変わらなければ解消を考えよう」
「は、はあ……」
何なのこの威圧感。小説でもかなり厳しい王様として描かれていた。現王は、兄を差し置いて王位を継承した事もあり、王位に居ながらも常に王兄派にスキを見せることの出来ない日々が続いていて。それが原因で厳しい王になったと言う記述はなんとなく覚えている。
――ていうか怖いんだけど。
私は殿下の方に目を泳がせる。殿下は苦笑いをしたまま固まっている。なんとなく殿下が強く陛下に許嫁の話を言えてない気がする。
「フレデリック。お前には目当ての子が居るようだな」
「なっ。いえ。何をおっしゃって――」
「しかも庶民というでないか」
「んぐっ」
「……まあ、よい。ウィノリタ嬢」
「は、はい」
「四年の間に、フレデリックの心を掴め」
「え? ええ?」
「まずは一手。大きい手を打てたではないか」
「はあ」
「はっはっはっは。楽しみにしておるぞ」
陛下は豪快に笑うと部屋から出ていく。
私は状況に全くついていけず動けずに居た。それは殿下も同じようだ。
「えっと……」
「まあ、なんていうか。人の話を聞かない父でな」
「あの。殿下」
「なんだ?」
「なんというか。……頑張りましょう」
――何を?
私は自分の言葉の真意を、自分でもつかめずに居た。その殿下は私の方を探るように見つめる。
「……そうだな」
許嫁の解消はどうやら失敗のようだった。
だけど、原作とは大きくかけ離れた話の流れをしている。
これで、断罪イベントは逃れられるの?
私は、全く先が読めないでいた。
※ありがとうございます。これで一章は終になります。本で言うところの1巻分ということで一区切り付いたのではと。
今回カクヨムコンの為にこの作品を完成させましたが、本来はプライベートの先輩の奥様が漫画家さんで、原作に使ってもらえるような悪役令嬢書きたいですね。なんて雑談から始まった話でした。当然奥様はそんな男共の話なんてしりませんが^^:
最強ランキングで商業デビューをして、そちらの方に集中していましたが気分転換にも楽しめたと思ってます。(そっちからこちらへの流入が無くて悲しいけどw)
受賞等、機会がありましたら続きも書きたいと思っていますし。作者としてもウィナがかなりお気に入りになっております。
とりあえず。今回はここまでということで。
気に入った方、評価、レビューなど頂けましたら幸いです。
ウィナお嬢様は、悪役になりたくないのです。 逆霧@ファンタジア文庫よりデビュー @caries9184
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