第39話 ヒロインの代わりは務まらない。


 エリーゼと殿下の初めてのデート。

 街の中を二人でゆっくりと歩いていく。昔の思い出を話したりしながら。そういえばその時もクルーガーは二人の後ろからゆっくりついて来るのよね。

 王都の中央公園で、殿下がホットサンドを教え、二人は思い出の味を共有する。その後、街を歩いている中で事件が起きる。


 王立の魔物研究所から一頭の魔物が逃亡する。


 魔物としてはそこまで強い訳では無いが、突然現れ魔物はエリーゼに襲いかかる。それを身を挺して殿下が守り、酷い傷を負うのだ。

 その魔物はすぐに駆けつけたクルーガーに倒されるのだが、殿下は重症。

 殿下を抱きしめ必死に介抱しようとするが、殿下は意識を失う。涙を流し絶望するエリーゼの手から聖なる光が突然溢れ、その光で殿下の傷が癒えていく。


 エリーゼが聖女としての片鱗を始めて見せる大事なシーン。


 ……。


 ……。


 そんな大事な時に何故私が殿下と一緒にホットサンドを食べているのか。

 色々なところで時系列がおかしくなっているのを感じていた。


 だが、魔物研究所から魔物が逃亡するのは今日だ……。いったいどのくらいの時間だったのか。昼なのか、夕方なのか。そこまでは覚えていなかった。


 ――早く逃げたほうが……。


 もし、殿下に何かあれば、私には聖魔法で殿下を癒やすなんて真似は出来ない。かといって、魔物が出るから警戒しろなんて言う未来を知ってるムーブなんて以ての外だ。


 私はホットサンドを口に詰め込みながら立ち上がる。


「殿下! さ。王城へ行きましょう!」

「ん? まだ食べているだろう。それに父との約束の時間にだいぶ早いぞ」

「そ、そうですが……。ほら! 私は王城見学がしたいんです!」

「城の? いや。今日じゃなくてもいいだろう」

「しかし今日じゃないと。私は今日でもうお城に行くことも無くなるかもしれないじゃないですか!」

「……そうか。いやしかし、これを食べ終わるのくらい待てるだろ?」

「うぐ……。わかりました。待ちます。が、急ぎましょう」

「わ、わかったっ」


 よし。


 私の圧でなんとか王城へ向かう事を了承させた。殿下もクルーガーも私の焦りに戸惑いを見せるが、「これがお城に行く最後」という事に、二人ともしぶしぶ合わせてくれる。



 多分だけど。そんな魔物が居たら街でキャーキャーと悲鳴が上がると思う。街の声に耳をすませてよく注意して歩けばきっと大丈夫。


 殿下は私に遅れること五分。ようやくホットサンドを食べ終わる。ホットサンドの包み紙をきれいに畳んで公園のゴミ箱に捨ててる姿を、私は焦りに耐えながら見つめる。


「それじゃあ行くか」

「はい! 行きましょう!」

「……城の見学と言っても入れる場所なんて限られているからな」

「はい。大丈夫です!」

「お、おう……」


 王城の位置は少し高台にあり、街の少し開けた場所なら割とどこからでも見える。特にこんな広い公園からならすぐに場所は分かる。

 殿下は、まっすぐに公園の中を歩き王城の方面を目指す。


 私は少しホッとするが、それもつかの間、すぐに不安を感じ始める。


 殿下はあまり人に見られるのを嫌がるのか、大通りを避けるのだ。自然に人の少なめな道を行く。どう考えても悪手だ。人通りが多いほど魔物が居た場合の狙いがバラけるはずなのだけど。


 ……でも。


 私はそれを指摘することも出来ず、ただ周りを警戒しながらついていく。


 ……。


 レンガ造りの古い街並みはとても素敵で、本来こうして殿下と街を歩くだけでも楽しい気分になれるのに……。


「城は高台にあるからな、そこから街を見下ろすと一面オレンジに見えるんだ」

「……え? なんですか?」

「……いや」


 何の話だろう。オレンジ? 周りを警戒しすぎてつい殿下の話を聞き逃してしまう。せっかく話しかけてもらえたのに私ったら……。

 殿下も間が悪く感じたのか、話をすぐに引っ込めようとする。


「すいません。えっと、オレンジ、ですか?」

「……ああ。この街は屋根の瓦が統一されている。だから上から見ると街がオレンジ一色に染まっているように見える」

「へえ、素敵ですね。お城に行ったら見てみます」

「ああ、よく見える場所があるんだ――」


 一瞬。ほんの一瞬だけ。


 私は殿下から話しかけられたことに心が舞い上がる。


 そして、話しながら私を振り返る殿下の顔を見つめる。


 ……。え?

 

 何か黒い影が建物の隙間から滲むように広がる感覚を受ける。


 その黒い影は音もなく、迅速に、こちら向いている殿下に向かう。


 ――駄目……。


 何かを考えての行動でもない。エリーゼが襲われた時、殿下が身を挺して守ったのも同じだったのだろう。


「なっ!」


 突然自分に抱きついて来た私に、殿下は驚き、目を見開く。だけど、そんな事は今は私の行動になんの制約も課さない。


 私は自分の行動に驚きながら、そんな自分に苦笑いをしてしまう。



 ◇◇◇



「ウィノリタさん。王妃になるについて、最も大事なことを何だと思いますか?」

「え? うーん。自分の人生を捨てる事?」

「なっ! なんてことをおっしゃるんですか!」

「ははは……。えっと。子供を産む?」

「違います。王妃というのは陛下の隣に居ることが多い。分かりますか?」

「そう、ですね……」

「王というのは様々な危険にあわれる物です。衛兵、親衛隊。近衛兵。様々な人々が王を護るのと同時に、様々な外敵が王の命を狙うのです」

「は、はあ……」

「王妃の役割の一つが。その王の最後の肉の壁として陛下をお守りする事なのです」

「……は?」

「陛下の命があれば、貴女が亡くなろうと、新しい妃を迎え、幾らでも新たな王子を産むことは出来るのです」

「む、無理ですよ」

「無理ではありません。それが王妃になるものの覚悟というものです」

「ううう。でもそれって結局自分の人生を捨てることで正解ですよね?」

「全く違います。陛下が貴女の人生になるのです」

「言い方……」

「なんですか?」

「い、いえ……。じゃあ、私じゃ王妃は無理――」

「だまらっしゃい!」

「ひぃぃぃぃぃぃぃいいいい」


 ◇◇◇


 これが走馬灯っていうのかな?

 ウォルシュ夫人の王妃教育をふと思い出した。


 ――うん。貴女の教育、根付いているじゃない……。


 殿下を抱きしめるように私は、殿下と魔物の間に自分の体をねじ込む。見上げれば驚いたような殿下の顔が。


 そして背中に灼熱の激痛が走る。


 ――一瞬。その間さえ作れば……。


 クルーガーが魔物を退治してくれる。



 ああ……。


 来年、私の実家で起こる事故の話……。誰かに伝えておけばよかった……。


 でも……。私が居なければ不幸の連鎖は起きないかな?


「ウィノリタ! ウィノリタ!」


 殿下の声が遠くに感じる……。


「ウィナと……。呼んで……」

「ああ、ウィナ! しっかりしろ!」


 殿下のときは、エリーゼが聖魔法に覚醒したけど……。それがなければ間違いなく殿下は命を落としていた。そう小説には書かれていた。

 殿下に聖魔法は使えない。クルーガーだってそうだ……。私はおそらく……。


 出血もかなりしているのだろうか、全身に寒気が走る。


 最後に……。良いよね?


「殿下……」

「な、なんだ!」

「キスを……。 最後に……」

「……」


 ああ、ヤダ……。この無言……。

 意識が消えそうになる中、恥ずかしさだけは膨らみ上がる。


「やっぱ無し。冗談で――」


 その瞬間、唇に何かが触れた。


 ――え?


 暖かく、優しく。そっと。


 ……。


 そこで私の意識は途絶えた。

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