お手本

Aotani

お手本のような


「人生は運だよ」

彼は言いました。誰よりも馬鹿で考えなしで人生に不満がないような、素晴らしい人でした。

「今が幸せかどうかなんて分からないけど、俺は今の生活結構好きだよ」

良い考え方だと思いました。

「はは。いいよいいよ真似しな」

彼と友人になった頃、否、私が友人だと感じ始めた頃。彼に“努力をしろ。考えて行動しろ”と諭しました。友人ともなれば、彼の言動に段々と腹が立ち始めたのです。

「努力はしたくない、結局運だよ人生は」

私の今までを全て否定された気がしました。

「落ち着けって!そうだ!俺の持論聞いてよ!」

力ずくで説得していたらそう止められて、彼の世界に招かれました。

「怒るなよ?人生は運だ」

一般論だと思うけどなぁ…と後頭部に手を置きながらこの男は話を始めました。

「努力してる君を陥れるつもりも、馬鹿にする気もないんだ。ただ自分が努力したり…何かを我慢するのが嫌なんだよ」

「失敬な。…いや、言い得て妙ってやつか?確かに君から見たらただの怠惰で傲慢なやつかもね」

「でもよく“しない後悔よりやって後悔”って言うでしょ、俺は逆。断然しない後悔の方が好きだね」

「だってさ、もしやって後悔したら今までの努力が何もかも“後悔するための努力”になっちゃうんだよ?だったら結果を知らないで、“しない後悔”を選んだ方が気が楽でしょ、幾分か」

「…あのねぇ、その分の努力がいつ役に立つかなんてわかる訳ないだろ。それこそ運だ。」

「例えば、君は最近絵を描くけど、もし君が俺よりも絵が好きで好きで、描き込んでて、俺よりも絵が上手かったら俺の心情はこんなにも穏やかじゃない。俺は“運が良かった”んだ」

「…前に、今が一番好きだ〜みたいなこと言ったよね。あれ、真似していいって言ったけど、戻れない過去のことを悔やまずに、夢のある未来も見ることができない駄目人間の典型だから。やっぱ、あんまし真似しない方がいいかもな」

「はは!ごめんって。」

「うん、だからこそ俺は、運と嘘でできてるし、俺は俺のこと結構好きだよ?嘘つきだけど素直なやつだし」

「えぇ?でも、君も好きでしょ?」

お前なんか好きじゃない。

「嘘だ〜」

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お手本 Aotani @Aotani

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