石柱

尾八原ジュージ

ムンちゃんのこと

 ムンちゃん、と呼んでいた。


 幼稚園を卒業すると同時に、ぼくと両親は隣県に引っ越しをした。知り合いがいない小学校生活初日、緊張しているぼくに、底抜けに明るく話しかけてきたのがムンちゃんだった。

 彫りの深い顔立ちに浅黒い肌。何人だったかは覚えていないが、ムンちゃんは外国人だった。住宅街から少し離れたところにある古い借家で、おやじさんと二人で暮らしていた。

 ぼくの子供時代の想い出というものはどうも、「友だちになろうぜ!」と笑うムンちゃんから始まっているような気がする。それほど彼と一緒に過ごした子供時代は楽しかった。

 ムンちゃんは日本語はぺらぺらだし、箸の使い方も上手だったが、時折変わったところも見せた。たとえば雨が降ったとき、彼は傘を持たない。編み笠のようなものを被って、鼻歌を歌いながら登校してきた。

 こんな具合のズレはあったが、ムンちゃんはいいやつだった。


 小学四年生の冬だった。

「よっちん、雑木林でおもしれーもん見つけたから、放課後行かね?」

 誘ってきたのはムンちゃんだった。

 ぼくたちは放課後、二人で学校の裏手の雑木林に向かった。大人たちには「危ないから入るな」と言われていたが、従おうと思ったことはなかった。

 ムンちゃんはぼくを先導しながら、ずんずん奥に入っていった。まるで見えない道が見えるみたいに藪の中を進む。やがて雑木林の奥、少し拓けた場所に出た。

 そこにあったのはいくつかの石柱だった。強いていえばストーンヘンジに似ていただろうか? なぜこんなものがこんなところに? と子供心にも不思議だった。

「すげぇ! 何これ!?」

「知らん! UFOの発着基地とかじゃね?」

「わからんけどすげぇ!」

 とにかくすごいと褒められて、ムンちゃんは照れた。

 ぼくたちはしばらくUFO発見ごっこをして遊んだ。それにやや飽きた頃、ムンちゃんが言った。

「鬼ごっこしようぜ! オレ鬼! よっちん隠れろ!」

 それってかくれんぼじゃんと思ったが、ムンちゃんは両手を鉤爪のような形にして前に突き出し、ウガーッなどと言いながら迫ってきた。モンスターだ。なるほど、間違ってはいるが「鬼ごっこ」ではある。ムンちゃんだってもちろん普通の鬼ごっこは知っているから、わざとやっているのだ。

 ぼくたちは石柱の間を縫って遊んだ。ムンちゃんは遊びが上手い。石柱の後にいるぼくをわっと脅かしたり、逆にパッと隠れたりする。ぼくはヒャアヒャア騒ぎながら逃げ回った。後ろにいたムンちゃんを気にして走りながら振り向いたとき、突然前方に現れたものにドスンとぶつかった。

「ごめんっ」

 とっさにそう言った。が、その時ムンちゃんはぼくの後ろにいたのだ。一瞬でこっちに回り込めるはずがない。それにぶつかったものはもっと体が大きくて、ぶよぶよしていて冷たかった。まるで肉の塊みたいだ。

 ぼくは上を見た。

 パンパンに膨れ上がった、男とも女ともつかない真っ赤な顔が、こちらを見下ろしていた。半開きの口元から、白いものがぽろぽろとこぼれた。

 蛆だった。

 自分の喉から信じられないような悲鳴が出た。ぼくはその場に尻餅をつき、反射的に目を閉じた。

 ムンちゃんが「どうした!?」と言いながら駆け寄ってきた。

「なんか、変な奴いた!」

 やっとの思いで顔をあげると、さっきの肉塊みたいな奴は消えていた。蛆も落ちていない。

「何それ?」

「いたんだって!」

 辺りを見回すが、肉の塊はおろか、ぼくたち以外には人の気配すらない。

「いたのに……」

「――帰ろ」

 ムンちゃんが突然言った。ぼくはドキッとした。ムンちゃんの顔は真っ青だった。

 ぼくたちは黙って帰路についた。


 その夜、家の電話が鳴った。ムンちゃんだった。

『よっちん。オレ、父ちゃんに石の柱のこと、話したんだ』

 ぼくは固唾を飲んで、彼の告白に聞き入った。

『あれ、オレの国のものかもしれないって。父ちゃんに聞いたら、なんか、死人を呼ぶ儀式に使うやつに似てるって――ほんとは言ったらダメっぽいけど、よっちんに何かあったらヤバいと思って』

 ごめん、と言い残して、電話は切れた。

 それがムンちゃんと話した最後だった。

 翌朝、教室にムンちゃんの姿はなかった。全校集会が開かれ、ぼくはムンちゃんが亡くなったことを知らされた。家が燃えたのだ。

 母が仕入れてきた情報によれば、火事の原因はおやじさんのタバコの消し忘れではないかという。それで二人とも亡くなったのだ。でも、ぼくは納得しなかった。

(違う。ムンちゃんたちが死んだのは、ぼくに石柱のことを教えたからだ)

 なぜか強く、ほとんど確信に近い気持ちでそう思った。

 でも怖くて、誰にも言えなかった。


 それからぼくは何度も、あの石柱を探して雑木林の中を歩き回った。でも、結局あそこにはたどり着けなかった。そこにいけばムンちゃんに会えるのではないかと期待しつつも叶わないまま、やがてぼくもその町から引っ越した。

 以来、一度も訪れていない。

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石柱 尾八原ジュージ @zi-yon

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