2-4【勇者事情】

 用意された客間で一夜を明かした次の日。

 昨日と同様玉座の間に来てみると、既にアンジーとスバルさんが話をしていた。

 ちなみに客室で食べた朝ごはん、とてもおいしかった。


「ほ、ほんまごめんなスバル。もう四天王云々のことは聞かないから」

「うぅ……大魔王様ぁ。ごめんなさいぃ」

「いいから、うん。今日までつらかったねぇ」


 スバルさんは、目に涙を浮かべながら昨日の無礼を詫びている。

 久々にゆっくり食事が出来たことで気が緩んでしまったこと等を弁明していた。

 それは仕方ない。まさかあんなおいしい食事が来るとは思わなかったし。


 対するアンジーは、スバルを叱責するようなことはしなかった。

 むしろ頭を下げるスバルさんを、必死に止めようとしている。


 なお、これは大魔王と四天王二番目のやり取りなのだ。


「とりあえずね、会社にはうちの方から言ってあげるから。今はゆっくりしてってね」


 土下座しようとするスバルさんを抱き留めながら、彼女の頭を撫でるアンジー。

 何と慈悲深いお顔。母性を感じる。

 その優しさに落ち着きを取り戻したのか、スバルさんもようやく顔を上げる。


 もう一度言う。これは大魔王と四天王二番目のやり取りだ。


「それでどうする? 今日はお仕事するん?」

「ぐすっ……はい。休むわけにも行かないですし」

「そかそか。会社に行くん?」

「いえ、今日は一日大魔王様のところで……」


 という訳で、俺の大魔王軍でのお仕事、始まります。




「で、ぶっちゃけ何するんすか?」


 俺は聞かずにはいられなかった。

 まず大魔王様と配下二人の状況で、一体どういう仕事があるというのか。

 門を探す? 絶対無理。


「それでしたら、まずは我々の敵となる勇者達を把握するのはどうでしょうか?」


 それはまぁ、確かにその通りだ。

 敵の情報を全員で共有するのは大事なことである。


 ……いや、万が一か億が一か故郷を侵略されかねない俺としては、勇者は味方なのでは?


「あー。ゆーしゃねぇ……うん」


 だが、当の大魔王様は勇者という単語を聞いて、どこか遠い目をしていた。


「いるっちゃー、いるんよね。勇者一行」

「そうですかっ。でしたら彼らの情報を」

「家を追い出されたニート共だけど」


 昨日に引き続き、場の空気が凍り付く。

 え、何? ニート?

 確かに勇者という肩書は職業ではないだろう。何かしらの本職があって当然だ。

 しかし、大魔王様は勇者達をニートと呼んだ。無職?


「母親思いのちびっ子戦士にね、性悪賢者と脳筋武闘家を引き連れた勇者なんだけど」

「あ、あの。ニートって呼ぶのはやめてあげませんか?」

「だって連中、ずっと家に引きこもってたから次の町までの道すら分からんのよ。今地元うろうろしてるだけ」


 一気にめまいが襲い来る。

 こちらが故郷の世界から遠い場所で派遣社員やってるトコで、勇者は地元をぶらつく浮浪者だと。


「つ、つまり、一の門すら超えてないということですね……」


 苦笑を浮かべるスバルさん。

 なるほど、勇者というのはパンデさんの言っていた一の門から来るのか。

 確か、彼ら魔族の故郷でもある世界だとか。


「そりゃもぉ、超える気配もないよねぇ」

「なんですか、もういないのと同じじゃないっすか」

「うんうん。ソータの言う通りっ。正解!」


 やったぜ。全然うれしくない正解だ。


「でも、こっちの世界がたくさんあって、そこに一杯大魔王だのがいるわけっすよね?」

「そーだよー」


 専用の爪とぎ棒で手の爪を研ぎながら、アンジーが答える。

 どうやら金属製のヤスリのようになっているらしい。

 きっとオリハルコンとかそんな奴なんだろう。


「だとしたら、勇者ってのもたくさんいるんじゃないかなって思うんすけど」

「まーねー。世界を股に掛けるやつもいるっちゃいるねぇ」


 なるほど、やはり各所の大魔王と戦う勇者というのもいるのか。

 だとしたら、勇者がいないってことにはならないのではないだろうか。


「でもそーゆー連中も大分減っちゃってねぇ。世界いっこ救ったら大体満足するし」


 世界一つ救って満足ということ自体は、分からん事でもない。

 何度も何度も死線をい潜るってのも、早々出来ることでもない。


「でもやっぱあれだよねー。勇者不足?」

「くそっ、こっちでも人手足りないのかよ!」


 何なんだこの世界。モンスターも少なきゃ勇者も少ないって。

 こんなん、本格的に魔王やる利点がなさすぎないか。


「基本勇者も魔族も一の門からしか来ないからねぇ」

「ですね。あ、でもうちには他の世界の登録社員もいますよ」

「俺みたいなの、結構いるんすね……」


 アンジーやスバルさんとの会話で見えてくる、この世界の事情。

 知れば知るほど残念である。残念過ぎるのである。

 侵略に消極的な魔王。世界を守るにも手が足りない勇者。

 終いには、勇者とは名ばかりの家を追い出されたニートだ。


 俺、別の意味でこっちの世界でやっていけるのか?

 仕事なさすぎて逆に食いっぱぐれたりしないか?


 その時、アンジーの方からスマホの着信音のような音が響く。


「ん? ああちょっと待って。スバルんとこの会社から連絡」


 アンジーの手から淡く輝く紙のようなものが出現する。

 なるほど、アレがこちらの世界のスマホのようなものなのだろう。


「ふんふん……ふーん。なんかお詫びがどうのって」

「お詫び? 四天王が一人しかいない件ですか?」

「いや、スバルがあんまりな立場だから、そのことで苦情入れたんよ」


 それを聞いて、スバルさん感激していいのか困惑していいのか分からない複雑な表情を見せる。

 アンジーの優しさは嬉しいが、会社の愚痴をかましたことがばれたんだ。仕方ない。

 というか、昨日の今日でもう苦情入れていたのか。


「それで、なんか送ってくるっていうらしいんだけど」

「はぁ。いつ届くんですか?」


 アンジーは再び光る紙に目を通して……。


「今」


 俺の頭頂に、箱が落ちてきた。

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