2-5【お詫びの品】

 箱はそこまで重くはなかったのだが、不意打ちで落ちてくるのはそれなりに痛い。

 俺は頭頂部を押さえながら、落ちてきた箱をアンジーに手渡した。


「んー……なにこれ、粗品?」

「なんでしょう。ちょっと私も分かりませんね」


 三人でその箱を覗き込む。

 大きさは幅三十センチくらいか。

 それなりの大きさがあるプラモデルの箱にも見える。

 しかしパッケージは完全な無地の白。

 アンジーが振ってみるも、中から音は聞こえない。


「重さはあるから、中身はあると思うんすけどね。痛かったし」


 つまり、中の物が動かないように、緩衝材が詰まっているのだろう。

 そうなると開けてみるしかない。


「スバルのトコから送られてきたし、別に爆弾とかなんとかでもないっしょ」


 アンジーがフタ箱に手をかけ、ゆっくりと持ち上げる。

 しかしその瞬間、フタ箱がアンジーの手を離れ飛び上がった。


「ぷっはーっ。やっと出られたですよー」


 ……ちっちゃい人が入ってた。

 ピンク色のツインテール。身体は箱より一回り以上小さく、外見も子供みたいな。

 それより、服装が日曜朝の変身する女の子みたいな、ピンクと白を基調としたフリルマシマシ。

 パフスリーブとミニスカート、サイハイソックスという、実に魔法な少女だ。


 とまぁ、魔法少女のフィギュアみたいな子が出てきたもんだから、俺達は言葉を失っていた。


「ええっと……あっ、初めましてです。マスコットモンスター部のリリティアですっ」


 リリティアと名乗る少女が、満面の笑顔をアンジーに向ける。

 こちらの空気は一切気にしていないようだ。


 よし、一度状況を整理してみよう。

 先の箱は、お詫びとして暗黒人材サポートが送ってきたものだ。

 お金関連的にお得か、出費ゼロなのだろう。詫びなのだから。

 そんな贈り物の中身が小さな女の子。

 というかマスコットモンスター部ってなんだ。


 ……いやいやいや、自分トコの契約社員を箱詰めして送るって。

 なんかもうこれって。


「……スバルさん、暗黒人材サポートって、人身売買でもやってんすか?」

「えっ!? いやいやいやさすがにそこまで闇深い会社じゃないから!」


 慌てた様子で訂正を挟むスバルさん。

 でもそこまでってことは、やっぱそれなりにブラックなんだなぁ。

 改めて、とんでもねぇところのお世話になってしまったものだ。


「ええっと、続きいいですか?」

「え? ああうん、ええよー。二人とも、しーっ」


 アンジーに注意されたので、俺達はもう一度沈黙する。


「こほん……それでは改めまして。マスコットモンスター部のリリティア、本日よりアンゼリカ様の配下になりますです」


 「料金はサービスです」と付け加えながら、リリティアが敬礼のポーズを取る。


「はいはい。でも呼ぶときはアンジー様か大魔王様なー」

「分かりました、大魔王様っ」


 そう言うと、箱から飛び出し……いや、浮いている。

 どうやらリリティアは空を飛ぶことのできるタイプのモンスターらしい。


 しかし、どういうモンスターなのかさっぱりだ。

 小人な事以外は人間の女の子にしか見えないし。というか子供だ。

 ついでに言えばアンジーの外見上、リリティアはフィギュアというより女の子向けの人形というか。


「なんか、意図せず託児所に近付いてませんかね?」

「んぁ? こらソータ、それ誰を見て言ってるん?」

「……サーセン」


 アンジーに睨まれたので、素直に引き下がる。

 大魔王を名乗るだけあって、結構凄味のある表情だった。


 どうもここに来てからの緩い空気で、緊張感がなくなっている。

 自分が今、人間にとってアウェーの世界にいることを肝に銘じておかねば。


「ところで、四天王部ってのは分からなくもないんすけど、マスコットモンスター部って?」

「マスコットモンスター部ですか? マスコットモンスターが集まってる部署ですよ。えぇっと……」


 そういえば名乗っていなかったと、こちらをじっと見つめるリリティアを見て思い出す。


「ああ。俺奏太。結城 奏太。噂になってるかもしれないけど」

「あっ、この間こちらに来た四の門の人間さんですねっ」


 「初めましてです」と言い、リリティアがこちらに頭を下げてくる。

 ただの人間相手にも律義な子だな。

 なおさらモンスターだというのが信じられないぞ。


「って、そもそもマスコットモンスターってのがよく分からない訳で」

「あー。マスコットモンスターはですねぇ、派遣先の宣伝になるようなモンスターが集まっているんですよー」

「宣伝って。広告でも出すの……?」

「それはもちろんですっ。特に求人はどこのクライアント様も出してますからっ」


 なるほど、求人広告。

 派遣会社に頼ったり、何だかホント世知辛い世界だなここは。


「とはいっても、最近は需要の関係でスライム族ばっかり部に配属されて、リリみたいなゴブリンは全然入ってこないんですよ」

「ああ、そうだねぇ。ゲームなんかでもスライム的なのばっか……ん?」


 待て、今この子自分のことをゴブリンと言わなかったか?

 ゴブリンと言えばあれだ、小鬼みたいな奴。

 醜悪な外見で、最近ならば成人的用途ばっかり需要が出てる気がするあれ。

 で、今目の前でフワフワ浮かんでるこの子が? 何だって?


「よ、妖精とかじゃないんだ」

「違いますよ。リリには羽ないじゃないですか。分かりますよね?」

「あ、はい。すんません」


 なんだかリリティアの様子がおかしい。

 目が据わっているというか、俺達には見えない何かを睨みつけているというか。

 そういえば、スライムの話をしてから声のトーンが落ちてきている気がする。


「ホント……ホント憎たらしいですよ。元々は同じような立場だったのに、リリ達ゴブリンはどんどん変な仕事ばかり押し付けられて」


 先ほどまでの明るい笑顔はどこへやら。

 どんどん顔に影が差し、目つきに殺意がみなぎってきている。

 背中からは、どす黒いオーラのようなものまで見えてるような……いやこれ出てるわ、オーラ。


「おかげで部署じゃお局だのなんだの言われて……こっちは頑張ってゴブリンシャーマンの資格取ってるんですよ……」

「あ、あぁー……リリティアちゃん、とりあえず落ち着こう?」


 オーラが玉座の間を蝕み、シャンデリアの明かりまでもが届かない深淵が生まれようとしている。

 さすがにこれ以上はまずいと、スバルさんがリリティアを手に乗せ、頭を撫でる。


「……はっ! すす、すみませんですっ。リリったらいつもこうなっちゃってっ」


 そこで正気を取り戻したのだろう。深淵が晴れ、玉座の間に光が戻る。

 その一部始終を見ていたアンジー。


「そ、そなんだー。へぇー……というか、ゴブリンなんだ」


 俺が考えていたのと同じことを、つぶやいていた。

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