2-3【今時の職場を目指せ!】
どうも、世界侵略の鍵となりました、結城 奏太です。
あれから十数分後。俺達は玉座の間の隣にある大魔王専用の食堂へとやってきました。
これまた無駄に広い部屋。
左の壁には巨大な窓が部屋の奥までずっと続いていた。
窓の外の光景は絶賛荒野だ。地平線には針のような山々が山脈を形成している。
他の部屋とは違い、明度低めの白い壁を基調としており、他の部屋よりは明るい。
どこから手に入れたのか、甲冑や壺、絵画といった調度品で彩られた内装は、回廊や玉座とのギャップで普通の部屋に見える。
部屋の中央には、数十人が肩を並べて食事が出来そうな長机が二つ並んでいた。
「ほらほら、たくさん食べなよー」
骨付き肉をこちらに向けながら、俺達に食事を促すアンジー。
上座の一番豪華な椅子に座り、テーブルに用意された食事をおいしそうに頬張っている。
魔界の食事と聞いて、やばい食材や紫色の料理を想像していた。
しかし実際に出されたのは、ローストチキンや緑黄色野菜のサラダ。
パンにスープ。
和食が恋しくなるラインナップではあるが、量が人間感覚では多めなこと以外は普通のごちそうだ。
「あー……これ、誰が調理したんすか?」
「え? うちよー。一人暮らしなんだから当たり前っしょ」
いかん。この大魔王様家事ができる。
これでは俺の仕事が本格的にないぞ。いやなくてもいいんだが。
というか、このだだっ広い城で一人暮らしとは。
本当に配下のモンスター一人もいないのか。
魔界の人手不足、やばいな。
「これからいろいろお仕事することになるんし。しっかり食べなよー?」
「あ、ウス」
やはり何かしらの仕事はあるのか。
正直自分の世界を侵略するための仕事ってのはいい気分がしない。
具体的な計画のようなものはなさそうだが。
だが、ここまで何も食べていないことも事実。
会社のウォーターサーバーで水をがぶ飲みしたくらいだ。いい加減空腹である。
俺は恐る恐る、近くのパンを手に取ってそれを少しかじる。
「……うっま!」
表面はカリッと、中はふんわりしっとり。
香ばしさの後に来る生地のほのかな甘み。他の味を邪魔しない控えめさが良い。
これはあらゆる料理に合わせて食べたいものだ。
間違いなくサンドイッチにするとうまい。
それを知ると、もう俺の手は止まらなかった。
フォークで瑞々しいサラダを平らげ、ローストチキンはアンジーと同じく手づかみでかぶりつく。
素晴らしい。
皮はパリッとしており、塩コショウとハーブの味がしっかり染み込んでいる。
乳白色の肉にもムラなく火が通り、ひと噛みするだけで味わい豊かな肉汁が口いっぱいに広がる。
この肉をパンで挟んだら絶対うまい。早速実践するしかない。
「そっかそっかー。へへ」
がっつく俺を、アンジーが嬉しそうな顔で見てくる。
隣に座るスバルさんも、安心したような笑顔を見せている。
「そんでさスバルー。ちょっと話あるんよ」
「えっ?」
急にお仕事モードの顔になったアンジー。
それに気付き、スバルさんも食事をする手を止めた。
「最初の話だと、四天王との面通しだったっしょ、今日。確かまずは二人来るって」
「あ、はい。その件については……」
「あー、謝罪が欲しいわけじゃないんよ。でもどーしてスバルだけなん? 顔を見せないってなんでかなーって」
二人の会話を、ローストチキンにかぶりつくながら聞き耳を立てる。
アンジーの疑問はもっともかも知れない。
暗黒人材サポートの四天王が人手不足だとしても、結局兼務になるのだから会いに行くこと自体は出来そうなものだ。
しかし、エントランスの時点で俺が出会ったのはスバルさん一人。
もう一人の四天王というのは、俺も見かけていない。
「別にさー、兼務なのはしゃーないってうちも思うよ。でも一目顔を……スバルー?」
アンジーの言葉を聞くスバルさんは、うつむいていた。
うつむいて、表情を前髪で隠しているようだった。
よく見ると、その肩はふるふると震えている。
「……え、まさかスバル」
その様子に気付いたアンジーの表情が、どこか申し訳ないものになる。
ここに来るはずだった、もう一人の四天王。
それが来ないということは……。
「スバルさん。まさかその人、他のトコで」
スバルさんは顔を上げない。
その代わり、絞り出すような声でつぶやく。
「……社、です」
「え? 何て?」
アンジーが聞き返す。
そして、先ほどよりも大きな声で……。
「……寿退社です!!」
場の空気が凍る。
「「…………は?」」
俺とアンジーの声が重なった。
「え……寿退社って、つまり寿退社ってことすか?」
「そうなんだよぉ! もぉホント酷いよねぇ結城君!」
スバルさんは両手で顔を覆っている。今にも泣きそうだ。
「彗星のランって同期の子なんだけどね、昨日になって急に辞表だよ! それで何事かって聞いたら」
フォークを持った左手を、食卓に叩きつける。
食卓の揺れに呼応するかのように、俺とアンジーの肩が同時に震えた。
「『実は付き合ってた勇者ライバル部の先輩にプロポーズされてたのっ』とか言い出して! しかも一ヵ月前の話だよ!?」
「おお……それは」
そりゃあ怒る。納得するしかない。てか勇者ライバル部ってなんだ。
仕事の折り合いもあるだろうに、急に辞めるとか。
それを面と向かってやられたスバルさんの怒り、お察しします。
「思わずね、バッキャローって叫んじゃいましたよ! この忙しい
「そ、そだねぇ……」
「しかも半月前には結婚式済ませてるとかさぁ! 何の連絡も無しに!!」
その同僚さんとはそこまで仲良くなかったのかなと、失礼ながら思ってしまう。
真面目なスバルさんと対極そうだもんなぁ。
というか、プロポーズから半月で結婚式って出来るのか? 無理じゃないか?
「分かってくれます!? 分かってくれますよね、大魔王様!!」
「わ、分かるよ、分かるよぉ。うん」
勢いよく顔を上げたスバルさんが、アンジーに涙目を向ける。
そんな彼女に、どんな言葉をかければいいというのか。
スバルさんの剣幕に、アンジーも目を点にしながら同意するしかないようだ。
「もぉ、ホント。ホントさぁ……妊娠とか、先に言って……」
「妊娠もしてたんすか……」
「そうなの! ホントもぉ!!」
日頃のストレスが爆発してしまったスバルさんはもう止まらない。
声にならない声を上げながら、二度三度食卓を叩く。
その様子を見て、アンジーは豹変したスバルさんと食卓の双方に目配せをしている。
きっと食卓の破壊を危惧しているのだろう。
「ああもぉ……こうなったら託児所作りましょ、託児所! 今時共働きなんて普通でしょ! 今時の職場目指しましょうよ!」
「えっ、嫌だよ!? ここ大魔王のお城なんですけど!」
「その方が絶対に求人も集まりますからぁ!!」
ついにはスバルさん、アンジーによく分からん懇願まで始めてしまった。
しかしその表情は悲痛であり、こちらまで身につまされる思いだ。
人材不足の闇、ここに極まれり。
今日まであらゆるストレスに晒されてきたであろうスバルさんの
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