2-2【俺、世界侵略のための鍵になりました】
「ところで、だ。こっちの人間……あー、名前はなんていうん?」
名乗りを一区切りさせたところで、アンジーは俺の方に指を差し訪ねてくる。
そういえば名乗ったのはスバルさんだけだった。
「あ、はい。結城 奏太っす」
「ソータか。ふむ」
玉座に腰を下ろし、ふんぞり返りながら俺を見下ろすアンジー。
見下ろすと言っても、壇は五層もあるのに元の身長が低いせいで大して目線の高さは変わらない。
おかげで威圧感という点ではそれほど感じていない。
俺としても、そちらの方が緊張しなくてありがたい。
「スバル、ソータをうちのところに連れてきたってことは、うちの好きにしていいってこと?」
前言撤回。俺は盛大に噴き出した。
このちびっ子大魔王様、急に何を言い出すのか。
控えめに言っても、大魔王アンジー様は可愛い。
そんな子に俺を好きにするって、ムフフな妄想と親友やってるような年齢には色々と危険だ。
いや、断じてロリコンではない。
ロリコンではないのだが、それとこれとは別なのだ、話が。
大体出会って五秒でって、どんな成人向け展開だ。
「ええ、まぁ。今回は四天王がすぐに揃えられなかったので」
「なるほどー……って、鍵がいたところで軍団がなきゃ侵略なんて出来んっしょ!」
ん、鍵? 侵略?
どうやら成人向けのアレではない様子だ。不穏な単語が出てきたぞ。
一般人の俺には到底ふさわしくない。特に侵略なんて。
そりゃあ、ゲームの中では最強の勇者なんて経験もしてきた。
だが実際の俺は体育の苦手な文系だ。
物騒なことには極力関わり合いになりたくない。
というか、俺を置いて話を進めてほしくない訳で。
「あのー……アンジー様、鍵って?」
「ん? ああそっかー。ソータ知らんもんねぇ」
「そりゃそっかー」とか言いながらうなずくアンジー。
「ソータ。君は四の門からこの世界にやってきたわけっしょ?」
「そう説明は受けましたけど」
「うんうん。そういう異世界の住人はねー、門を開ける力を持っとるんよ。つまりうちらからすれば鍵っしょ」
本当、アンジーは直球で物事を言ってくれて助かる。
彼女の言葉で理解できた。つまり俺はこちらから四の門を開ける力を持っている。
そしてその力を使えば、アンジーの軍団は四の門の先……つまり俺の元いた世界を侵略できるという訳だ。
「……いやいやいやいやいや」
ちょっと待て。
それってつまり、俺はその四の門とやらに行けば元の世界に帰れるのでは?
でもそこで門を開けたら、この世界の大魔王様が侵略を開始する?
あれ、ちょっとこれ。俺は暗黒人材サポートに嵌められた?
「あの、スバルさん? 俺って利用されてます?」
「あぁ、あはは……ごめん」
スバルさんは目を逸らしつつ、頬を右の人差し指で掻いていた。
「そりゃないよスバルさぁんッ!!」
何ということだ。この優しいお姉さんは俺を騙していたというのか。
俺の身を守るのではなく、人手不足のお詫びとして侵略に必須な力をクライアントに差し出したのだ。
確かに俺は学生だ。ろくに社会を知っているわけではない。
というか、異世界の社会なんぞ知ったことではない。
「なんだよそれ、俺すぐ帰れるんじゃん! なのにこんなっ、騙すなんて!!」
さすがにこれには声を荒げずにいられない。
しかも俺の生まれた世界を侵略だなんて、さすがに許せるわけがない。
そりゃあ、オタクに優しいギャルはいなかった世界だけど、それでも……。
「いやぁ、すぐ帰れるモンじゃないよ?」
そんな俺に冷や水をぶっかけるような言葉を投げかけてきたアンジー。
「は? でもだって、門を開けられるならっ」
「いや、だって門の場所なんてうちら全員知らんし」
……なんですと?
ひじ掛けで頬杖を突きながらも、アンジーは真っ直ぐこちらを見つめている。
真顔で告げるその様子からは、嘘をついているように見えない。
しかし、ここまで門と言ってきておいて、場所が分からんとはどういうことだ。
「いいかいソータ。こっちって六門の魔界なんて呼ばれちゃってるけど、世界そのものは六個以上にたっくさーんあるんよ」
「は……はい?」
「だからぁ、六門ってのはあるよ。だけど門の外側に当たるこちらの世界は実質無限な訳。その中から門を探さなきゃいけないのよ」
ここで、大魔王になるクライアントが多いというスバルさんの言葉が理解できた。
俺はてっきり、六つの門がある一つの広大な世界に投げ出されていたと思っていた。
しかしそれは完全な勘違い。
六門の先にある無数の世界の一つに落ちたに過ぎなかったのだ。
そうなると、その門とかいうのは世界の外側にあるものなのかもしれない。
――結局帰れないじゃん。
俺は膝から崩れ落ちた。
帰れるというわずかな希望が、一瞬にして打ち砕かれたのだから。
「軍団が必要って言うのも、基本的に世界の外を探索するのにたくさんの人材が必要だからなんだよ」
スバルさんからも追加の説明が入り、なおのこと帰路が遠いという現実を突きつけられた。
正直、泣きたい。
「だ、だからね。結城君の身の安全の為って言うのは嘘ではないからさ、うん」
「うぅ……で、でも見つけたら侵略って……」
「それは、まぁ」
スバルさんが困った表情でアンジーの方を見る。
その視線を察し、アンジーは目を見開いて……。
「え、うん。そだね。侵略、うんそーねー」
スバルさんから顔を逸らす。
……ちょっと待て。この大魔王様目が泳いでいるぞ。
「まぁあれよあれっ! どーせ人手が足りなさすぎるし? 侵略なんていつになるかわかんないしー?」
先ほどまでの会話をもう一度思い出す。
人手を集めなければ、門の場所を探すのも一苦労な状況。
そして明らかに何かを誤魔化してる大魔王様。
「……真面目に侵略とか、考えてるんすか?」
アンジーの肩が、びくっと跳ねる。
ぎくりという効果音が聞こえたような気がした。
まともに探しても見つからない可能性すらある、別の世界への門。
それを真剣に探して、あまつさえ異世界侵略を企てる。
冷静に考えれば現実的ではない。
いくら寿命の長い種族だとしても、精神的に持たないことも考えられる。
だとしたら、侵略なんて真面目に考えていない連中の方が多いんじゃないか。
「……なんなんよ? これでもうちは凍てつく波動だって使える立派な大魔王だぞ!」
そう言うと、両手をこちらに向けて技を放つポーズを見せる。
残念ながら、そこは全然聞いていないのだが。
「と……とにかくっ、ソータの身柄はうちが預かる。決定! 大魔王っぽい!!」
こちらに指を差し、地団駄を踏む大魔王アンジー様。
その様相を見せられると、騙されていたとかどうとかがどうでもよくなってきた。
確かにその事実はあろうとも、結局のところは一人じゃ帰れない訳で。
……母さん。俺は無事、世界侵略の鍵に転職できました。
なお、そちらに帰る予定は未定です。帰れないかもしれません。すみません。
俺は顔を上げ、シャンデリアのろうそくたちを見つめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます