1-3【高校中退とかいう履歴書】

 俺、結城 奏太は高校中退で人材派遣会社の登録社員に就職しました。


 一体全体何が起きてそうなったのか、全く理解できていない。

 しかし、俺は現状元の世界に帰れないこと。

 後ろ盾がないと、この異世界では危険が危ないぜやばいぞということ。

 そんな俺がここの社員になるのは、お手軽に身の安全を確保することができるということ。


 つまり、パンデさんは俺がここに就職したほうが、何かと都合がいいという話をしてくれたのだ。

 やっぱりパンデさんいい人だ。いい人なんだけど……。


「異世界の人材派遣って何の仕事するんだよ!?」


 エントランスに設けられたベンチに座り、俺は渡された書類と社員証を見ながら叫んだ。


 パンデさんとの話し合いの後、俺はここで人を待つように言われている。

 空いた時間は、とりあえずもらった書類に目を通していた。

 俺のプロフィールと、社員契約の諸々がびっしり十ページ以上。

 社会人? たるもの、これには目を通しておかなければいけないらしい。

 そして、引きつった真顔を浮かべる俺の顔写真が貼られた社員証。

 今後このビルに入るには、こいつが必要ということだ。


 ……はっきり言って、この状況を受け入れているわけではない。

 運悪く異世界に放り込まれ、勝手に就職先決められて。

 納得できないし、したくもない。

 だが選択の余地があまりにも少ない。

 というか実質二択。就職するか死ぬかだ。


「あれ、それって元の世界も同じような気がするな」

「同じって何が?」


 頭上から掛けられる声。突然のことで、俺の体が跳ねる。


「あ、ごめんね驚かせちゃって」


 恐る恐る、顔を書類から声の方向へと向ける。


「……へ?」


 その声の主を見て、これでもないほど間抜けな声が出た。

 俺の前に立つその人、どう見ても白のパンツスーツを着た人間。

 しかも女性だった。

 ショートカットの、青みがかった黒髪。

 アーモンド形の茶色い瞳が印象深い目。

 その快活さを印象付ける顔立ちは中性的にも感じるが、薄い化粧によって女性らしさが引き立てられている。

 ああ、後スタイルいいなぁ。脚長い。でかい。


「君、結城君だよね? 待たせてごめんね」

「はぁ……あの、俺ここで人を待つようにって言われて」

「うん。私のことだよ」


 俺はてっきり、狼男や翼の生えた悪魔のような人が出てくるのではと思っていた。

 それ故に、こんな優しそうなお姉さんが出てきたことで、逆にどういう応対をすべきなのか分からなくなった。


「私は、あー……名前長いからスバルって呼んで」

「ウス」

「今日から君は私と同じところに派遣されるからね。分からないことがあったら色々聞いて」


 ……スバルさんが、とんでもないことを口にした。

 同じところに派遣?

 先のとおり、俺はこの世界の仕事なんて基礎中の基礎すらも分からない。

 というかパンデさん、何で説明してくれなかったんだろう。


 とりあえず、自分の服装に目を向けてみる。

 俺の格好は学校の制服。黒の学ランだ。

 スバルさんのようなスーツなどあるわけもなく、これでは課外授業の職場体験ではないか。


「格好とかは気にしなくていいよ。私達の仕事はとにかく服装が自由だから」


 そんな俺の不安を察したのか、スバルさんは軽い調子で答えてくれる。


「じ、自由って、さすがに限度があるんじゃないかなー、と」

「自由も何も、服を着ない同僚もいるからねぇ」


 横目で周囲のモンスター達を見てみる。

 自前の毛皮オンリーから、全身をガチガチの鎧で固めた重装系までバリエーション豊か。


 いや、やっぱり学ランって浮いてないか? 逆に。


「……ホントにいいんですか?」

「いいっていいって。種族学生とか名乗っておけば」

「種族って。というか実質高校中退じゃないっすか、俺」

「意外と細かいところ気にするね。まぁ仕方ないか」


 けらけらと笑うスバルさん。

 なんだか、現状を深刻に受け止める必要もない気がしてきた。


「でも、私達の仕事は口で説明するより現場見てもらった方が早いから。それじゃ行こうか」


 スバルさんの白い手が俺の肩に乗せられる。

 手を取るわけでもなく。


「ちょっとびっくりすると思うけど、我慢してね」


 そう付け加えると、スバルさんは小声で呪文のような言葉をつぶやく。

 ……いや、これよく聞くと住所っぽいぞ。一体何をしているのだろうか。




 次の瞬間、俺はその場に尻もちをついた。

 腰を下ろしていたベンチが、いきなり消滅したのだ。


「……は?」


 俺は確かに、綺麗なオフィスビルのエントランスにいた。

 それが今はどうか。俺はいつから荒野のど真ん中で座り込んでいた。

 しかも目の前には文字通り巨大な城ときたもんだ。

 なぜか真っ黒に見えるそれは、もうゲームのラスボスがいそうなやつだ。


 曇天に稲光が走る。いかにもな演出まで付いてくる始末。

 さすがにこれは、一学生には恐ろしい光景だ。


「ここが私達が配属されるお城だよー」


 隣に立つスバルさんは、特に怖気づく様子も見せずに俺に手を差し伸べる。

 その手を借りて立ち上がり、改めて城を見上げる。


「お城……って、この魔王でもいそうな城っすか?」

「うん。でも魔王はいないかなぁ」


 ですよね。きっとこれはテーマパーク的なアレで……。


「大魔王様だよ。クライアントは」


 おおっと、大を忘れていたぞ俺。これは失礼しました。


「……俺、今日死ぬんですかね?」

「いやいや、普通にしていれば大丈夫だから。ほら、行くよ」


 俺の手を引き、スバルさんが城門へと歩み寄る。

 堀に掛けられた跳ね橋を渡り、巨大な城門の前へ立つ。

 こんなにでかくする必要があるのか。呆れるほどに巨大だ。

 大体、城の規模からして歩いてクライアントやらのところに行くのは骨が折れる。


「結城君。もう一回飛ぶから我慢してね」


 あ、ですよね。やっぱ瞬間移動ですよね、さっきの。

 そう思った次の瞬間には、既に目の前の風景は魔王城屋内であろう広い回廊に移っていた。

 先ほどまで立っていた岩と砂の地面ではなく、赤いカーペットの上。

 周囲は堅牢な黒い石レンガらしきもので作られており、高い天井にはシャンデリアが等間隔に複数ぶら下がっている。


 明り取りの窓はなく、シャンデリアのろうそくが回廊内を照らす。

 そして俺達の視線の先には、ドラゴンのレリーフが施された禍々しい両開きの扉。

 ろうそくの明かりによって、銅色に輝いている。


「……あの奥で待ってるんです?」

「そうだよ。私達は招かれてるから、ここまで瞬間移動できるんだ」

「できるんだ、って。俺瞬間移動とか無理なんですけど」


 「ああ、確かに」とつぶやくスバルさん。

 人間と変わらない見た目だけれど、人間の常識では語れない存在なのは間違いない。


「さて、それじゃあ大魔王様に挨拶しに行こうか。ここからはちゃんとしようね」


 落ち着かせるかのように俺の肩を優しく叩き、スバルさんが前を進む。

 大魔王……頭に浮かぶのは某クエストの方々とか、某伝説の方とか。

 ここまで見てきた光景を考えれば、そんな人間離れした怪物が待ち受けているのだろう。

 そんな相手がクライアントで、俺はその方の下で働かなければならないという。


 いやいや無理だ。普通に考えて。

 大体大魔王っていうのは人間の敵じゃないか。常識的には。

 俺みたいな高校中退の凡人なんて、指一本触れずに蒸発させられるに違いない。


「あ、あのぉ……やっぱ俺、別のー」


 死にたくない。死にたくないから職場を変えてもらおう。

 そう思いスバルさんに声をかけるも。


「失礼します!」


 スバルさんはノックの後、例の扉を静かに開けていた。

 終わった。終わったよ俺。

 ギャルの夢を打ち砕かれて、その上誰も知らない異世界で骨も残さず死ぬんだ。

 前世でどれだけの悪行を重ねれば、こんな仕打ちを受ける羽目になるっていうんだ。


 扉の奥に広がる、玉座の間。

 回廊から続く赤いカーペットの先に設けられた五層の壇がある。

 その上に設けられた玉座と五、六メートルはあろうかという巨大な天蓋。

 くだんのクライアント様は、玉座の上に腰かけていた。


「暗黒人材サポートから参りました、四天王部門の流星のスバルです!」


 え、スバルさんって四天王なの? 四天王部門って何なんの?


「おお、待っとったよー。いらっしゃーい」


 え、玉座の人の声がなんか幼い? 大魔王は?

 いきなり複数の疑問が浮かぶ中、俺は巨大なシャンデリアに照らされた玉座の間で目を凝らす。


 玉座に座り、俺達を笑顔で出迎える大魔王クライアント様。

 それは、明らかに虎の耳が生えた女の子でした。

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