1-2【あなたのたくましい腕に抱かれて】

「というわけでね結城君。これからよろしくね」


 大きなテーブルとそこに並べられた椅子。

 壁にはプロジェクターやホワイトボードが設置された室内。

 俺が今いるのは、いわゆる会議室という奴だ。

 そこで、人事部の者と名乗る人物とテーブルを挟んで対面している。

 目の前に置かれた長方形の小さな紙。あれだ、名刺という奴だ。


 名刺には【暗黒人材サポート人事部人事課課長パンデ・ニウム】と、会社の住所や連作先らしきものが書かれている。

 色々ツッコミどころしかない。

 だが真っ先に理解したのは、住所が全く知らない未知の場所を示していることだ。




 時は遡り、二時間ほど前。

 俺は廊下に空いた、高さも分からぬ深い穴に落ちた。

 十秒、二十秒と落ち続けるうちに、地面に叩きつけられた後の自分の有様を想像してしまう。


 ――間違いなく死ぬ。


 俺は目を閉じる。

 自分の置かれた状況を全く理解できていないが、助かる術はない。

 というか長過ぎね……そう思ったところで、俺の体は急に落下を止めた。


「あれ?」


 違う。俺は体を何者かに抱えられている。

 どういうことだ? 俺の落下速度は人間で受け止められるものじゃなかったはず。

 閉じたまぶたを、恐る恐る開いてみる。


「……ぎゃあああああぁぁっ!!?」


 俺は目を見開いて叫んだ。

 俺の体を抱えていたのは、ゲームにでも出てきそうな牛頭マッチョのモンスターだったのだ。

 それだけではない。

 ドラゴンやゴブリン。スライムだのオークだのその他諸々。

 ありとあらゆるモンスターが周囲を取り囲んでいた。


「あー、大丈夫っすかー?」


 俺を抱えている牛頭……ミノタウロスが声をかけてくる。日本語で。

 しかしそんな言葉、パニック状態の俺の耳に届くはずもない。


「やめろぉ! 離せっ! 助けて!!」


 とにかく叫ぶ。今できるのはそれだけだ。

 拘束を解こうと必死に抵抗してみるが、ミノタウロスのがっしりした腕はびくともしない。

 間違いなく、ただの男子高校生が抵抗できるような力ではない。


「やっぱー、パニック起こしちゃってますねぇ。どうしましょー?」

「しゃーねーしゃーねー。とりあえず会社連れてこ。ここじゃ危ないっしょ」


 ミノタウロスと、隣にいた緑のドラゴンが話している。


 ここで多少冷静さを取り戻してきた俺は気付く。

 モンスター側に敵意が感じられないのだ。

 もしかして助けてもらえるのか……そう思って周囲を見渡した瞬間、俺の頭は再び混乱した。


 それは、一言で言えば地獄の光景だった。

 空は赤く染まり、太陽は黒く燃え、大地は灰色に枯れていた。

 そこには黒を基調とした不気味な建物や機械、四つ足の乗り物が立ち並んでいる。


「え? えぇ? ここって……えぇ!?」


 俺の絶叫が、再びあの赤い空に響き渡る。


「オイラ、耳痛くなってきたー。もう連れて行こうかー」


 そんな俺をよそに、ミノタウロスはおそらく町であろう方向に歩き出す。

 急にぶり返した恐怖から、再び拘束から逃れようとする。

 ダメだ、やっぱり俺にはミノタウロスの指一本をずらすことすらできない。

 そうこうしているうちに、モンスター達は俺をその中の一つの建物に運び込む。


 その建物には【暗黒人材サポート】という看板が設けられていた。

 オフィスビルのような外観だったが、窓には鉄格子がかかり、ドアには鎖が巻かれていた。


「な、なんだよここは! ここで何するつもりだよ!?」


 恐怖で震えながらも叫ぶ。モンスター達からの返事はない。

 俺の言葉を無視してドアを開けて中に入る。


 ……驚いた。

 そこは地獄のような屋外から一変、三階まで吹き抜けた清潔なエントランスだった。

 カウンターやロビー、エレベーターや階段。

 会議室や応接室など多数の部屋があり、そこでもモンスター達が働いているようだ。


「……は?」


 目まぐるしい状況の変化に、今現在の自分が正常なのか疑い始める。

 一体これは何なんだ? 実は南坂みなみさかさんの一件で既にショック死してるのでは?

 ミノタウロスはそんな俺を気にせず、エレベーターに乗って上階へと向かった。

 エレベーターの中では、動画配信サイトで聴いた流行りの曲が流れていた。


 エレベーターは十二階で停止。ミノタウロスもそこで降りるようだ。

 そのまま廊下右隣りの会議室らしき場所に入ると、ようやく俺を解放してくれた。


「やぁやぁやぁ。ご苦労様、人間さん」


 俺はさらに目を疑った。

 テーブルの向こう側に座っている人物。

 彼(彼女?)もまた、人間と似た姿のモンスターだった。

 爬虫類のような目をした、人間によく似た顔。

 頭部や手足や背中に触手が生えており、それらを揺らしながら笑顔を見せている。


「突然のことで何が何だか分からないでしょ? とりあえず座って座って、説明するから」

「あ、ああ……はい」


 見た目に反して愛想のいい相手を前にし、俺はすっかり冷静さを取り戻していた。

 そしてその言葉に促され、向かい側の椅子に腰を下ろす。


「とりあえずね、人間さんって呼ぶのもあれだから。名前教えてくれる?」

「はぁ……結城 奏太、です」

「結城君ね、はいはいはい。私はこういう者です」


 触腕二本を使い、丁寧に差し出してくる長方形の小さな紙。名刺だ。


「あ、暗黒人材サポート? えと、パンデ・ニウムさん……?」

「はいはいはい、その通りです。よろしくお願いしますね」


 目の前のモンスター……パンデ・ニウムさんは、相変わらずの笑顔だ。


「うちは人材派遣会社でねぇ。っと、その前に結城君の置かれた状況を説明しようか」


 そうだ。俺はどうしてこんなところにいるのか、それを知らなくてはならない。


「簡単に説明しちゃうとね、ここは異世界って奴なのよ。君のいた世界とは表裏一体で存在しているというか、漫画とかアニメで見たことない? あんな感じと思っていいよ」


 異世界であることは、外の光景を見てしまったら否応なく納得するしかない。

 しかし彼らは日本語を喋るし、どうやら漫画やアニメを知っているらしい。

 何というか、やけに都合のいい異世界だな。


「異世界って……俺、別にトラックに轢かれた覚えとかないんですけど」

「そりゃあ、轢かれたら死んじゃうだけでこっちに来れないからね。君はちょっと運悪く、【六門】の一つをくぐっちゃったんだよ」


 六門。いよいよ分からない言葉が出てきた。

 文字通り門のようなものなのか?


「君のいる世界は【四の門】ってとこでこっちと繋がってるんだけどね、普段は閉じてるけど稀に開いちゃうのよ。それでこっちに来ちゃった訳」

「そ、そんな雑な理由で?」

「世の中そういうモンだよ。理屈じゃないというかなんというか」


 そんな軽い感じで異世界転移とか、溜まったモンじゃないぞ。


「実のところ、私達も【一の門】からこっちに来たクチでね。まぁ色々あってこっちで暮らすようになったんだよ」


 二本の触腕で腕組みのようなポーズを見せるパンデさん。

 その苦笑からは、色々という言葉の内容をなんとなくだが想像できる気がした。


「く、苦労してるんですね」

「そうだねぇ、苦労したよ。でももう五百年も前の話だし」


 つまり、この人は五百年間の出来事を経験しているらしい。

 見た目通りというか、人間の尺度では計り知れない人生? を経験しているのだろう。

 ここまで見た町並みも、その中で彼らが築き上げてきたものということか。


 うん、ちょっと感動してきたかもしれない。


「さて、これ以上話すと長くなっちゃうから、君の今後についての話に移ろうと思う」


 そこで、パンデさんの目の色が変わったような気がした。

 そして……。


「端的に言いましょう。結城君、うちの会社に登録してもらうよ。命が惜しいなら」


 俺の感動、返せよ。パンデさん。

 そして今現在に続く……。

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