信じてください! オタクに優しい魔王さまはいるんです!!

蕪菁

第一章【六門魔界の大魔王編】

第一幕【オタクに優しいギャルはいなかった】

1-1【落ちていく。落ちていく】

 私こと結城 奏太は、この度一つの真実を発見しました。

 それは、オタクに優しいギャルがこの世に存在しないということです。


 もしやと思う子はいました。同じクラスの南坂みなみさかさんです。

 クラスでも陰の者であろう自分に対しても、分け隔てなく接してくれるギャル。

 それが南坂さんです。


 南坂さんは、一見すると普通のギャルです。

 髪にブリーチかけているし、鏡とかヘアアイロンとか持ち歩いているし。

 しかし彼女の心の広さは本当に素晴らしいものでした。

 スマホかラノベが友達の私に対しても、笑顔で挨拶してくれます。

 女子耐性マイナスの私が目の当りにしたら、そりゃ勘違いしますよ。

 彼女は自分のありとあらゆるを受け止めてくれるのではと。


 だからこう、つい口を滑らせてしまったわけです。

 自分のそういう趣味の話を、ちょっと前のめりに。

 我ながら、今は後悔しています。

 相手のことをよく考えない、私の独りよがりです。


『ごめんねー。あたしそーいうの興味ないんだー』


 彼女はオタクに優しいギャルではありません。

 誰に対しても優しいギャルなのです。


 そりゃそうでしょう。

 クラスの中心で笑顔を振りまく彼女が、分け隔てるようなことをするわけがない。

 そしてですね、これが真実なんですよ、きっと。

 私達の理想とするギャル。

 それは皆に無償の愛を与える存在を、自分にとっての特別と勘違いしているだけなのだと。


 極めつけは、安易に趣味の話に踏み込んだ結果、彼女と私の間に溝が出来たような感覚が生まれたっぽいんですよね。

 陰の者側にいると、他人の微妙な変化には敏感になるものです。


 はい、どうしても気付いてしまう訳ですよ。

 南坂さんが私に対してよそよそしくなったな、と。

 コミュ障特有、他人との距離感を見誤るという失態をやってしまったんですね。




「何やってるんだろ、俺」


 いい加減、くだらない脳内自己分析はやめよう。虚しくなる。

 机に伏せていた顔を上げると、時刻は午後六時を過ぎたところ。

 春ももうすぐ終わろうという今日この頃、二階の教室を夕焼けが赤く照らしている。

 何と孤独感を増長させる光景だろうか。

 ギャルゲーならば二人きりの空間を演出するものだというのに。


 こうなると、いらん事ばかりを思い出してしまう。

 高校デビュー失敗して早一年。

 同好の士もなく、クラスの中でも存在感は皆無。

 いじめの対象にすらならない透明人間。

 そんな俺にとって、南坂さんは唯一クラスとの繋がりだったのかも知れない。


 もっと慎重になるべきだった。

 なのに俺は気持ち悪い姿を見せてしまったばかりに……。


「考えるな、考えるな、考えるな……」


 両手で頭を掻きむしりながら、額を天板にこすり付ける。

 しかし嫌な記憶というのは、反省の為に脳内でリピートし続けるもの。

 何とも残酷な人間の不思議か。

 それは確実に、落ち込みきった精神を痛めつけてくる。

 反省する前に、精神がダメになりそうだ。


「……うん、帰ろう」


 そんな限界状態でも、教室にいては何も解決しないことくらい分かる。

 傍から見ればバカみたいなネタだ。

 いっそネットの小話としてどこぞの掲示板にでも流してしまえばすっきりする。

 全て笑い話になってしまえなどと考えつつ、鞄を手に取り席を立つ。


 廊下へ繋がる引き戸へと歩を進めながら、考えるのはスレッドのタイトルのこと。

 できるだけ笑えるのがいい。

 出来るだけ多くの人に、今日のことを笑い話にしてもらいたい。


 あらゆる言葉が頭を巡ると、沈んだ気分も幾分和らいでいくように感じられた。

 さぁ、いよいよ家に帰るのが楽しみになってきた。

 取っ手に手をかけ、引き戸を開く。

 そして廊下へと第一歩を踏み出す……。


「あぇ?」


 俺の右足が、廊下を踏みしめることはなかった。

 感触のない足元を見てみると、そこにあったのは暗黒。

 見慣れた廊下の床が存在していないではないか。

 だが気付いたところでもう遅い。前進した体を引き戻すことなど不可能。


 我ながら、最期の言葉はあまりにも間抜けだ。

 一切の抵抗も出来ず、俺の体は床に開いた暗黒の空間へと落ちていくのだった。

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