第3話 依頼(上)
暗い暗い、仄かに灯りのついた狭い地下通路の中をReliteは進んでいた。
この地下通路はBriteが「情報屋」を経営し始めるにあたって勝手に地下に作っ
たトンネルで、法律の観点から見ればも例外なく違法である。
情報屋が情報屋であることを秘匿するためには仕方がないことではあるが、
正直外に出るたびにこんなところを通るのは気分の良い物じゃない。
暗い湿った通路を暫く歩いて行き着いた先には
暗い地下通路にはミスマッチな古めかしいドアがあった。
見るからに怪しいそれに近づき、「因果応報、有為転変」と呟く。
すると顔認証と虹彩認証、声紋認識による三段階認証がかかり、
古めかしいドアが徐に開いた。
何も気にする風もなくにその中へReliteは入って行く。
ここがReliteやBriteの家、もとい彼らの営む情報屋の拠点である
「ガレージ」なのである。
◇
「ただいま」
「「おかえりー」」
帰宅を告げると、複数人の声が返ってくる。
靴を脱ぎ、体に付いた砂や細かいゴミを払い、
玄関に置いてある黒いブレスレットを
右手首に付ける。これは裏にいる方の人格(今はBrite)の思考や発言を
特殊な脳波から読み取り、そのまま音声にして出力してくれる代物だ。
表に出ている人格しか他人とコミュニケーションを取れない
BriteとRelite の為に「ガレージ」にいる仲間が
作ってくれたもので、その時からずっと使わせて貰っている。
但し外でどちらも話す必要のある機会はないに等しいので、
専ら使うのは家のみである。
『ただいま〜』
「今日のご飯何?」
「トマト煮よ」
「分かった〜」
「え“」
Reliteは自分が嫌いな、いや、恨んでいるほどの晩ご飯のメニューによろめく。
確か今日は古き良き日本食、寿司だった筈だ。しかもトロ。
[今日寿司じゃなかったっけ? ]
「いや商店街に行ってもトロがなくて買えなかったのよ。マグロ一匹丸ごと持ってきてくれたら捌くわよ〜」
「出来るわけないでしょそんなこと」
無茶振りを振ってきた身長が高く、おっとりした雰囲気を感じさせる女性は「ガレージ」の母親的な存在、
「朱莉」だ。Briteに似てマイペースで温厚であり(血の繋がりはない)
基本誰にでも優しいが、仕事のことになるとどんな事にも
妥協を許してくれない仕事人となる割と両極端な人だ。
因みに年齢は不詳。
そんな朱莉にツッコミを入れた、この背の小さい少女
(本人に言うと本気で殴られる。痛い)が「鴎」だ。数年前に朱莉が
いつの間にか拾ってガレージに連れてきて、「鴎」と名付けられた。
それからガレージで匿いながら「情報屋」の手伝いをさせている。
幼い割に情報関連の技術が高く、主に情報端末やインターネットの中
にある情報をハッキングすることや、暗号文を解読する役割をしている。
情報屋の朱莉達には有難い存在で、最近はガレージの仲間とよく話すところ
を見かける辺り、ガレージに完全に馴染んできているのだろう。
本人は子供扱いして欲しくないらしいが、そんな小さい身長で
言われても説得力は皆無だとReliteBrite共々思っている。
そんな事よりもReliteはどう今日のトマト煮を
乗り越える、又は避けるかが目下最大の問題であった。あの苦い、
ぐちゃぐちゃしたトマトの味をどう耐えれば良いのかが分からないのが
Reliteだ。
「さぁ食べましょ。鴎ちょっと手伝ってくれない?」
「はーい」
朱莉と鴎が人数分、朱莉、鴎、Reliteの三人分の料理を持ってきて、
部屋の中央にあるテーブルに置く。全員が、Reliteは渋々椅子に座ったところで
朱莉が号令を掛ける。
「いただきます!」
「いただきま〜す」
「い、ただき、ます」
三者三様の反応をしながら食べ始める。鴎がトマト煮から食べ始めたのに対して、
Reliteはサラダや食パンから食べ始めていた。しかしサラダが無限にあるわけでもなく、
最後にはトマト煮が残ってしまった。
「大丈夫? トマト煮食べれていないようだけれど。
もしかして体調悪いかしら?」
残ったトマトにを前に沈黙するReliteを見て朱莉が声をかける。
「いや、そんなことはないけど……」
「じゃあどうしたのかしら? もしかして嫌いだから食べないってことは
無いわよね?」
恐る恐る顔を上げると、そこには般若の顔をした朱莉の顔があった。
「は、はい……食べます」
「ならいいわ♪ 美味しく食べてね♪」
朱莉は顔色をコロリと綻ばせ最終宣告と言わんばかりに言い放ち、
すでに食べ終わっていた鴎と共にキッチンへと歩いていった。
◇
(あ“あ”あ“あ”あ“あ”ぁ“……)
彼女らがいなくなったことを見計らってから小声でReliteは叫び、
恐る恐るトマト煮に手をつけ始めたのだった。
◇
「間違いなく地獄だった……」
『ちょっと休みなよ』
ぼやくReliteにBriteが気を遣って言う。
「そうされてもらおうかな……あぁそう、朱莉?」
「何かしら?」
「今日何処所属かは分からないけど2人組から襲撃を受けた」
一瞬で空間が引き締まる。朱莉の顔が少し引き締まった。
「まぁどちらとも強いと言うわけじゃなかったから簡単に倒せたけれど、
あと1人、誰かが少し遠くにいて、
私たちを見てたんだ」
Relate はあの時誰かが自分達の事を見ていたことに気づいていた。
しかし追いかけようとする前に去ってしまい、結局見失ってしまった。
「何処のやつかは分からない。でも全員少しは警戒して欲しいと思った。
こちらの実力は割れちゃったわけだしね。鴎は少し情報を
探してみてくれる?」
「了解」
「じゃあ解散で。あ、朱莉は残って」
各々の顔を見渡し反応を確かめてから Reliteは朱莉以外に解散を促した。
「私だけ残して何かしら」
一人残された朱莉は怪訝な顔をして疑問に思う。
「いや、任務ってなんか来てる? ってだけ」
そう言った瞬間、朱莉の顔が少し引き攣った。
「ええ、あるけど……少し変なのよね」
そう言って見せられたデータにはこう書かれていた。
◇
================================
依頼書
依頼者:匿名
依頼内容: 「鈴木諒」の身辺調査
報酬: ¥30,000,000 + 出来高
情報の受け渡し方法:匿名振込
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「一見普通に見えるわよね? 、依頼内容は普通の身辺調査。振込が匿名なのもまだ分かる。
でも報酬が多すぎるのよ。普通身辺調査はセキュリティの厳しい人物でも
1000万は上らないわ。
でもこの依頼は3000万円に出来高までプラスされてる。普通に変だから、
罠の可能性があるわね。一旦鴎ちゃんにこの「鈴木諒」っていうターゲットに
関して調べてもらって、そこから依頼を受諾するか決めましょう。
受付期間もまだまだあるし。鴎ちゃん、頼める?」
解散だと行ったのにシュリのそばで待っていた鴎に申し訳なさそうに
手を合わせて聞く。鴎には断る理由がないので、
「いいですよ」
快諾した。
「やったー!」
両手を上げて喜び始めた謎にテンションの高い朱莉を置いて、早速鴎は情報を集めるために自分の部屋に向かったのだった。
多重人格者による「裏側」のお仕事。 如月ねこ @kisaragi-neko
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