第58話 終息
ベラーガに着くと、そこはとても閑散としていた。
まったくと言っていいほど
「か、カルロさん……」
「きみは……ギルド職員の」
近くの家から男性が出てくると、シエラたちに近寄ってきた。彼はシエラたちがミッションを言い渡されてベラーガにやってきたときに先にこの町に到着していたギルド職員の一人だ。
「はい、また会えてよかったです。もうこの町はおしまいかと……」
そう言ってふらふらと駆け寄ってきたギルド職員はシエラたちの目の前で豪快に倒れた。
「! 大丈夫ですか⁉︎」
「ああ、あまり近づかない方がいいですよぉ……どうやら私も疫病に、罹ってしまったよう、なので」
よく見ればギルド職員の顔色は悪い。息遣いも荒く、体温も上昇しているようだ。
「他のギルド職員も全滅でぇ……医者も、倒れてしまったんです。だからこの町にはもう、疫病患者しかいなくってぇ……看病できる人間がいないから、比較的症状の軽い私が町の様子を見て回っていたんですよぉ」
「もう喋らなくていいよ。すぐにベッドに運んであげるから」
ギルド職員は止めたが、カルロは迷うことなく彼に近づくと持ち上げて、近くの家に勝手に上がり込んでベッドに寝かせた。
この家の持ち主らしき男性も隣のベッドでうなされている。
「ルル!」
「ルー!」
カルロの声に反応するように、上空からルルが急速に距離を詰めてくる。そしてふわりとベラーガの女神像の前に着地した。
「結界を張り直すにはどうすればいい?」
「リーフさえ集まれば簡単だ。シエラ、我が頼んだものは用意してあるか?」
「え? ああ、レスイの湖の水に、ハビスカの土。他にも集めるように言われたものはいちおう用意してありますけど……」
そう言ってシエラは水の入った小瓶や土や葉っぱなどの入った袋をカバンから取り出した。
「え、いつの間にこんなものを?」
「我が頼んでおいたのだ」
「はい。あとで使うからついでに集めておくようにと言われて。まぁ、リーフ探しに比べたら簡単に手に入るものばかりですけど」
リーフ探しを始めたとき、シエラはルルにいろんなものを集めておくように頼まれた。その数は多かったが、どれも簡単に手に入るものばかりなのでとくに負担にはなっていない。
「そうだったんだ……でも、シエラのカバンには本当にいろんなものが入っているね」
「みなさんをサポートしていたときの癖が抜けなくて。ついつい多めに備えてしまうというか」
シエラのカバンには回復ポーションを含め、ルルに頼まれたもの以外にもたくさんのものが入っている。毒消しのポーションや、昔から愛読している食べられる野草という本など、ついついなにかと備えてしまう癖がついてしまったのだ。
「木は……これでいいだろう」
「ルルはなにをする気なんだ?」
「儀式、というやつだ。結界を張り直すためのな」
そう言ってルルはシエラからリーフと水などを受け取ると、くちばしを器用に使ってベラーガの女神像の手にリーフを乗せ、女神像に水をかけていた。
「女神たちは自然に由来するものたちだ。だからそれを捧げるのだ」
「ええっと……」
「まぁ、簡単に言えばリーフと供物をして女神の力を借りやすくするのだ」
「なるほど、よくわからないのでとりあえず指示通りに動きますね!」
シエラとカルロはルルの指示通りに女神像の前に葉っぱを散らしたり、水をかけたりして準備を進めていく。
「よし、これで女神の力を借りれる状況になった」
「つまり?」
「女神のいる世界と我らがいる世界を繋いで、女神に結界を張り直す手伝いをしてもらう。昔は魔女が代わりにやっていたのだが、この時代には純粋な血を持った魔術師の家系はいないようだからな」
「オレたちにできることは?」
「燃やせ」
「は?」
準備が終わったというルルに他に手伝うことがあるかとカルロが問うと、ルルは迷うことなくそう言った。
燃やせとはなにをだろうか。まさか、まさかとは思うが、この女神像を燃やせと言ってるわけではないだろう。
「この女神像に火をつけろ」
「不敬すぎる!」
ルルの言葉にシエラは思わずそう返した。
いくら信仰心のないシエラでも、さすがに女神像を燃やすなんて罰当たりなことはしようとは思えない。
「問題ない。これは儀式に必要なことなのだ」
「本当なんだろうな?」
「なんだ、我の言葉が信じられないと言うのか」
ルルはムスッと表情を歪めた。
「いや、そういうわけではないんだけど……」
「うう、やります! やってみせます! ごめんなさい、木の女神さま! そしてこの像を作ったであろう方々!」
シエラは謝罪の言葉を口にすると、一思いに女神像に火をつけた。
この女神像には水がかかっているというのに、材質が木でできているからか瞬く間に火は燃え盛り、天高く煙を上げて女神像はパチパチと燃えってしまった。
『私たちの出番ね?』
『いいわ。何百年ぶりのお仕事、頑張ってやろうじゃない』
『シナガもよく働いたわ。うちの神獣にも見習ってもらいたいものだわ』
『あなたのところの神獣は本当にぐうたらよね。うちの子は燃え盛る炎のように騒がしいのに』
『まぁ、いいじゃないですか。個性的で。それよりこれだけ神獣と人の子たちが頑張ったのです。私たちは私たちの仕事を』
『ええ、どうか』
『この世界に平和が訪れんことを』
一瞬だけ、本当に一瞬だけだが、女神像の前まで垂れた水の水面に、七人の女性が映っていたような気がする。
その光景はシエラが瞬き一つしている隙に、燃え尽きて崩れてきた女神像だったものに隠されてしまったけれど。
それでもたしかに七人の女神の声が、姿が、シエラたちの世界に届いた。
「ふん。もっと褒めてくれてもよかったのだがな」
「ルル、今の声は……」
「なに、ただの女神どもの戯言よ。気にすることはない。それより結界は無事に張り直された。これで厄災は消え去ったぞ」
ルルにそう言われて、はっとシエラは周囲を見渡した。広間から見える家にいるうなされていた住人やギルド職員は、すやすやとうなされることなく安らかに眠っていた。
「これで疫病も消えたのか?」
「ああ、もちろんだ。あの疫病は元々結界が解けてしまったことによって再び訪れた厄災の一つ。おまえたちはその厄災を封じたのだ。当然、疫病の根本を断てば疫病自体も消え去る」
ルルの言葉にカルロは深く息を吐いて力なく座り込んだ。
シエラも安堵して胸を撫で下ろす。
「これで母さんたちも……よかった」
カルロの家族はこの町に住んでいる。だから疫病に罹って苦しんでいたはずだ。それを治すことができて心底安心しているようだ。
「シエラ、カルロ。よく頑張った。よく厄災という、人には抗えない恐怖の中、足を動かし続けた。おまえたちは強い」
「それは――」
「ルルちゃんがいたからですよ」
シエラの言葉にカルロも頷く。
シエラたちが厄災を前にしても前に進み続けられたのは、仲間という存在があったから。
いくら大切な人を守ろうという覚悟があっても、一人きりだったらどこかで心が折れていたかもしれない。
だからこれは。
「みんなの勝利です!」
シエラは大声で厄災への勝利を宣言する。
シエラ、カルロ、ルル。それだけではない、シエラたちを支えてくれたみんな。全員のおかげで厄災を鎮めることができたのだ。
「んっ」
厄災という恐怖から解放されたシエラの視界にきらりと光るなにかが入った。
「これは……リーフ!」
太陽の光を反射させて輝いていたのは、あの火の中燃え尽きることのなかったリーフだった。
「そうだ、これ王様とかに借りたやつだから燃え尽きてたら大変なことになってたじゃん!」
「ははっ」
「なんだ、そんなことも考えずにシエラは火を放ったのか」
今更リーフに火を放ってしまったことに気がついてシエラは顔を青ざめた。もしこれが石ではなく、木でできたものだったとしたら――。
まず女神像のように燃え尽きていたに違いないだろう。もしそんなことになったら、王様やヴィクに合わせる顔がない。本当に、本当に石でできたリーフでよかった!
火を放たれてもなお、ヒビが入ることもなく元の輝きを放ち続けるリーフを片手にシエラは安堵のため息をついた。
――――――
この作品は、このお話で完結です。
ここまでお付き合いいただき、誠にありがとうございました。
最後はルルの飛行速度並みに高速の更新続きでしたが、お楽しみいただけたでしょうか。
もしよろしければ星やハートで応援いただけたら幸いです。
また、確約はできませんが気まぐれで冒険譚の続きをお届けできたら、そのときはまたふらりと見にきてやってください。
たくさんのフォローや応援、本当にありがとうございました。
ギルドを追放されたら、ギルドマスターがついてきました 西條セン @saijou
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