第57話 リーフ探し12――最後のリーフ
ヴィークから得た情報を頼りに王都に戻ると、王都の端の方にある住宅街をさらに抜けた、王都にしては
この辺に建っている建物はどれもぼろぼろで、まさか王都にこんなスラム街のような場所があるとは思わなかった。
「……ここで合ってるんですよね?」
念のために、ヴィークから地図を預かったカルロに問いかける。
「うん。合ってる、はずなんだけど……」
地図が示す先は間違いなくここだ。しかしシエラたちの目の前にあるのは屋根の崩れた、周囲よりは比較的マシというレベルの廃墟だった。
「もう違うところに引っ越してしまったんでしょうか?」
「そうなのかもしれないね。ヴィークさんももう何年も連絡を取り合っていないと言っていたし」
この辺の住宅は数年前の地震が原因で崩れてしまって、そのまま廃墟になってしまったそうだ。地震が起きたあとはみんな引っ越してしまったそうなので、ヴィークの弟のヴィクももうすでに引っ越してしまったのだろう。
「困りましたね」
「そうだね。せっかくリーフの手がかりが見つかったかもしれなかったのに」
「今、リーフと言ったか」
「ひぇ!」
シエラがカルロと話していると、目の前の廃墟から年老いた男性が顔を覗かせた。
男性のみすぼらしい幽霊のような姿に思わずシエラの口から驚きの声が漏れる。カルロはとっさに剣に手を伸ばしていた。
「厄災を鎮めんとする者が現れたか」
「そうだけど……リーフのことを知っている様子のあなたはヴィクさんで?」
「なぜわしの名を知っている……? いや、そんなことはどうでもよい。ここにリーフはない。どこかに行け」
「いや、それは嘘でしょ。あきらかに事情を知っていそうなのに、リーフの場所を知らないなんておかしい。月の女神のリーフはあなたが持っているんですね?」
「これは絶対誰にも渡せぬ! 悪用されるわけにはいかん!」
カルロの問いにヴィクは首をぶんぶんと振った。
ヴィクのこの様子を見るに、闇市のときのようにお金で買い取るのは無理そうだ。
せっかく最後のリーフの居場所を知る人と会えたのに、ヴィクは頑なにリーフの場所を教えてくれない。
リーフを悪用しない、厄災を鎮めるだけだ。いや、そんな言葉信じられん。と、シエラの前では先程からカルロとヴィクが言い争っている。
これはこれで国王と説得するより大変そうな気配がしてきた。
リーフを大切に思う気持ちはわかるが、厄災を鎮めるためには最後のリーフが必要なので貸していただきたい。しかし、どうすれば貸してもらうためにヴィクの信用を勝ち取れるのだろうか。
「うぅん」
考えても考えてもわからない。
こんな不衛生な場所に住んでいるからか、ずっとひとりぼっちだったからかはわからないが、ヴィクは少しヒステリックを起こしていた。
こうなると暴力で解決……が一番楽な気もするが、女神の加護を受けた大切なものを、ヴィクの気を失わせたうちに盗むのも申し訳ないのでできるだけしたくはない。なにより罰当たりだ。
しかしカルロが自身の冒険者カードを見せてSランク冒険者だということを証明しても首を縦に振らないヴィクには、なにを言っても伝わる気がしない。
シエラは他のリーフを見せれば悪用していないと信じてくれるだろうかとカバンに手を突っ込んだ。
下手にこのリーフたちをヴィクに見せればすべて奪い取られる気も多少はするが、そうなったときは申し訳ないが暴力で解決させてもらうしかない。
「あっ」
リーフを取り出そうとカバンから手を出すと、ぽろりと懐から回復ポーションが転がり落ちた。
「よかった、割れてない」
落とした回復ポーションを拾ったシエラはホッと息を吐いた。
回復ポーションは瓶に詰められている。なので落としたりしたら中身が溢れてしまうので勿体無い。しかしこの瓶は運良くヒビすら入っていないようだ。
「高級なやつだから無駄にならなくてよかった……」
この回復ポーションはヴィークの元を去る際にいただいた最高級回復ポーションだ。ちなみにこの回復ポーションには微量な魔力が込められているらしい。道理で神獣にもよく効く回復ポーションだったのだ。
「……それは」
「え?」
先程までカルロと言い争っていたヴィクが物音で気が付いたのか、シエラの方を見ていた。視線の先にはシエラの手に握られた回復ポーションがある。
「あ、もしかしてどこか怪我されているんですか? 回復ポーションならいくつか持っていますので、よければどうぞ。と、言ってもこれはヴィークさんからいただいたものなんですが」
「ヴィーク! あやつ、まだ生きておったのか!」
シエラが回復ポーションを差し出すと、ヴィクはそれを受け取ることはなく、ただ驚いていた。
「生きているもなにも……ここにヴィクさんがいると教えてくれたのはヴィークさんですよ」
「王都に弟がいる。そいつならリーフの行方を知っているかもしれないと」
「なんだ、ヴィークの知り合いならもっとはやくそう言わんか!」
先程までシエラたちに警戒心を抱いていたヴィクは大声で笑うと、その場に座り込んだ。
「まったく、はやくそれを言ってくれればわしだって素直に話くらい聞いてやったというのに」
「渡してくれるわけではないんですね」
「もちろんだ」
ヴィクは頷いた。
シエラたちが自分の兄の知り合いだとわかり、ヒステリックは収まったようだが、それでもリーフを渡してくれるわけではないようだ。
しかし先程までのすべてを頭ごなしに否定してくる態度は無くなったので、ちゃんと説明すればリーフを貸してくれる可能性は上がっただろう。
「月の女神さまのリーフはわしが隠し持っている。場合によっては貴様たちに渡すことも許そう。しかし、あれを渡すには貴様たちがあのリーフを託すに値する人間かどうか、わしはしっかりと見極めなければならぬ」
あのリーフは命より大切なもの。いくら兄の知り合いでもそう簡単に渡すことはできない、とヴィクは言った。
「では、私たちはなにをすればリーフを預かるに値する人間だと認められるのでしょうか」
「当然、悪用するような悪い人間はいけない。清き心を持っていることをわしに証明してみせよ」
「清き心って……」
カルロが困ったぞと眉を顰めた。
たしかに心が清いかどうかなど、シエラには証明の仕方がわからない。悪用しないと断言することはできるが、それではヴィクからの信用は得られないだろう。
これならまだイデカチキンを十体討伐しろなどのクエストの方がわかりやすくていい。
「この者たちが信用に値するか、それは我が証明しよう」
その言葉とともにばさり、と空中から白い翼が舞い降りた。
「ルルちゃん!」
それは王都の外で待っていると言って別れたはずのルルだった。
シエラはとっさに周囲を見渡す。だが当然のように、廃墟群の中に人は誰もおらず魔獣が来たなどのパニックにはなっていない。
「なっ」
突然目の前に現れた神獣の姿にヴィクは少し後ずさって口をぽかんと開けていた。状況がうまく読み込めていないようだ。
「我は風の女神に愛された神獣シナガ。今の名はルル。我の名にかけてこの者たちの清さを証明しよう」
ルーとひと鳴きしたルルにヴィクはしばらく呆然としていたものの、ばっと頭を下げた。
「神獣さま……!」
神獣は女神に愛されたもの。神眼を持ち、その者の本質を見抜くことができる聖なるもの。
その神獣がシエラたちのことを認めると言ったのだ。先程までリーフを渡すのに躊躇いを見せていたヴィクは実家らしい廃墟の中に入ると、綺麗な箱に入れられた最後のリーフを持ってきた。
「まさかこの目で神獣さまを見られる日が来るとは……」
ヴィクは感動しているようだ。しきりにルルを見つめては手を組んで拝んでいた。
「我はおまえたちの信仰する月の女神の遣いではないのだが……」
「それでも神獣さまであることに変わりはありません。ああ、なんという幸運。しぶとくも生き続けていてよかった」
ヴィクの目から涙がこぼれ落ちた。
シエラにとってはルルは大切な仲間だ。しかし信仰心の強いヴィクにとっては涙を流すほど出会えて嬉しい生き物らしい。
もしかして、シエラたちも初めてルルに会ったとき、泣くべきだったのだろうか。しかし特段信仰心が強いわけではないシエラに涙を流すほど感動できるか曖昧なものである。
もしあの初めて会ったときの日をやり直したとしても、やはりどちらかというと神獣は本当にいたのか、という驚きが勝ってしまう気がする。
「我はそれでもかまわんがな。シエラにはたしかに神々に対する信仰心はないが、その分他人への思いやりが溢れている。我はそれがきらいではないのだ」
「あっ、ルルちゃんてば、また勝手に人の心を読みましたね⁉︎」
「ふふ、すまん」
ルルは笑うと軽やかに鳴いた。
廃墟群の中にルルの軽い鳴き声が響いていく。
これで最後のリーフが集まった。月の女神のリーフはルルが言っていた通り、黄色のもの。今、シエラの元には七色のリーフが集まっている。
「よし、ではベラーガへ戻ろう。急いで結界を張り直さねば」
「わかりました」
「お気をつけて、神獣さま。あとその仲間たち」
ルルの背中に乗ったシエラたちに、ヴィクは見送りの言葉をかけた。
しかし仲間たちとは、間違いではないが……いや、そういえば名乗っていなかった気がする。
「私はシエラ、この人はカルロさんです。あと、ヴィークさんはシクという町の近くの小さな森の中に住んでいます! 一人暮らしをしているようなので、会いに行ってみてはどうでしょうか!」
ルルは空へと舞い上がった。なのでシエラの言葉がヴィクにまで届いたかはわからないが……遠く下に見えるヴィクは笑っている気がする。
一人者同士、たまには顔を合わせてもいいのではないだろうか。会いにいく理由なんて、兄弟の顔を見に来た。たったこれだけでいいのだから。
シエラは最後の最後に余計なお節介を焼いたなと思いながらも、ルルの背中に掴まってベラーガを目指した。
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