さびしがりやだからね

@kajiwara

これはラブコメです

 すっげえ、人間って物凄い勢いで殴られたら実際に前歯が飛ぶんだ。


 と冷静な頭で人体の不思議について考えてしまった。あの、飛んだ後の歯の神経ってどうなるんだろうな、なんか親知らずが抜けたら牛乳に漬けとくとかどっかで聞いた事あるなとか、いやなんだっけ、それは違くねって思ったりする。


 あれだけ喧嘩しろ喧嘩しろと囃し立てていた奴らが、教室の隅に転がっている歯のかけらと床に飛び散る血にドン引きしている。女子達が泣き出したり、どうしたらいいか分からないのかおろおろしている。僕はポーっとしている頭で、僕の大事にしている文庫本を面白半分に取り上げた鎌田が馬乗りでボコボコに殴られているのを眺めている。何で君が怒るんだよ、って今更遅いんだけども。


「宇佐美! 宇佐美もうやめろ!」


 教室に慌てて乗り込んできた担任が、鎌田を殴り続けている宇佐美の体を羽交い絞めにして殴打をやめさせようとしてるが、宇佐美は僕より小さい体の癖にしばらくその腕の中で暴れていた。その内、カッとなった気分が落ち着いてきたのか宇佐美は急にスン、っと大人しくなった。そうして僕の方に顔を向けてきた。充血しきった二重の目が、なんかウサギみたいだなって、思った。


 宇佐美、とは幼稚園の時から友達で僕よりも背が低く、そして肌も白い。他の人よりも肌の色素? が薄いというか白いみたいで、めっちゃ女の子と間違えられるが性別は僕と同じだ。それに何かと力が強い。なんでか分からないけど、走るの遅かったりする癖に、やけに力は強い。生白い細い腕にどんな秘密があるのか知らないけれど。後、もう一つ言うと。


「ねーねー、見てみてこのストラップお揃いにしたんだ。可愛いでしょ」

「ねーねー、この前勧めてくれたアニメ一気見した。めっちゃ面白かった」

「ねーねー、牛乳好きでしょ。あげる、一本」


 僕自身なんでか分からないけど、宇佐美は僕に凄い懐く。本当に何もしてないっていうか、いや、確か仲良くなったきっかけは宇佐美が自分の肌の色とか、何かあるとすぐ泣きそうになる、から目が真っ赤になるのを弄られてたのを僕が止めたからってのはあるけど、それでも凄い、変に親切。距離が近い。


 とはいえ、ちょっとやりすぎだと思う。


 きっかけは僕が好きな文庫本、宮沢賢治の本を読んでたら鎌田が急にそれを取り上げてきたんだ。何だよ、と怒ると鎌田はお前宇佐美とベタベタしてんのキショいんだよ、と来た。あぁ、小学4年生にしてこんな幼稚な奴いるんだな、って僕は無視し手続きを読もうと無言で奪い返そうとした。


 すると鎌田があっ? てめえ何すんだ! ともともと僕の物だっうのに引っ張ろうとして、僕は本当くだらないけどやられっぱなしもムカつくから抵抗したら、鎌田は僕を思いっきりドンって突き飛ばして、僕は机にぶつかりながら尻餅をついた。


 一瞬だった。


 鎌田の横っ面を宇佐美の振るう文鎮が直撃したのは。鎌田の歯がスポーンって飛んで、ビックリしてる鎌田を宇佐美が押し倒してボコボコに殴り続けている。凄かった。結構長い付き合いしてたけど、宇佐美がこんなに怒ってんの初めて見た。何にキレてんのか、僕が乱暴されたからなのか、それとも変な関係性だって笑われたのが気に入らなかったのか何も分からないけど、宇佐美は怒っていた。僕よりも。


 この後、宇佐美は結構大変だった。僕は何が起きたのは、大人の間でどんなやり取りがあったのかとかは知れないけれど宇佐美の親と鎌田の親が学校で揉めてたとかは噂で聞いたりした。鎌田はしばらく学校に来なくなって、宇佐美も来なくなった。けど、学校で会えなくなっただけで僕は放課後、近所の公園とか駄菓子屋で宇佐美と会ってた。


「外でふらふらしてて大丈夫なの」


 駄菓子屋で買ったチューペットを吸いながら、横断歩道の黒い部分を踏んだら死ぬ(なんだそれ)ゲームをしてる宇佐美に僕は聞く。宇佐美は僕の質問にキョトンとした様な顔で言う。


「べんきょーは家でしてるし~行くなって言われてるもん」

「親に?」

「ママに」


 そうなんだ、と僕は答える。変な話、僕はそう言えば、宇佐美の家に遊びに行ったりしたことがない。別に僕の方から遊びに行きたいって思った事もないけど宇佐美も僕を誘ったりしないから。でもそんな感じで良いと思う。


「そういやさ、聞きたかったんだけど」


 ギュッと掌で空になったチューペットを握りつぶしてる宇佐美に僕はずっと気になってた事を聞こうと思った。宇佐美は鼻をひくひくとさせながら首を傾げる。本当、ウサギみたいだ。


「何で鎌田にあぁいう事したの。喧嘩売られてたの僕で君じゃないのに」

「ダメ?」


 宇佐美が僕の顔を不思議そうに見てる。ダメ、って何がダメなんだろう。分からなくなってきちゃったな。でも、ダメだと思う。


「僕の代わりに怒ってくれたの?」

「うん」

「それで文鎮を顔にぶつけたの?」

「なんか机の上にあったから。丁度いいかなって」


 凄いなって思った。僕は上手く言えないけれど、宇佐美には勝てる気がしないなって思った。そもそも友達だから勝つ勝てないとかじゃないんだけど。それに僕の記憶の中で宇佐美が人に怒ったの、これが初めてだったから。こんな、なんて言うんだろう、そういう行動に走ると怖い奴だったってのも知らなかった。


 ダラダラ歩いてる中、急に宇佐美はピタって足を止めた。止めてその場にしゃがんでる。何か見てるというか眺めてるみたいで何見てんだろうと僕も隣にしゃがんでみると、虫が死んでいた。大きなキリギリスが沢山のアリに食べられてる。何でこんな気味悪いの見てんだろうって。


「ねぇ」


 宇佐美がそれを眺めたまま、僕に話しかけてきた。


「もしかして僕の事怖いって思ってたりする?」

「そんな事ないよ。文鎮はビビったけど」

「そっか。嬉しいな。さびしがりやだから、僕」


 そう言って宇佐美はさっと立ち上がると、僕の手を握ろうとしてきた。男同士なのになんか変に照れて僕はいいよ、やめてよと軽く振り払う。え~僕ん家で遊ぼうよ、って言われたけどそれもなんかよくない気がして、また今度にしようねと答えたら宇佐美はとても寂しそうに。


「やっぱり怖いんだ」

「いつか行くから。今日はやめようよ」

「何で?」

「だって宇佐美君学校休んでるのに遊んでるし、きっとママに怒られちゃうよ」


 宇佐美は何も言わないで僕の顔をじっと、じーっと見つめている。いつも内気で変な奴、だけど良い奴とは思ってたけど今日は凄く変だぞ、って言葉には言えないけど僕はちょっと、宇佐美が苦手になってきた。どうしよう、って何とも言えない空気になってきた時だった。


 宇佐美のオーバーオールのポケットが鳴って、宇佐美はスマホを取り出した。


「あっ、ママだ。そっか、分かった」

「帰るの?」

「うん。あ、でも今度絶対」


 宇佐美は強引に僕の手を握った。力が強くて、僕は拒めなかった。


「今度絶対遊ぼうね、待ってるから」


 と宇佐美はそう言って手を離して僕にバイバイしながら横断歩道を走っていった。歩道の向こうでやけに黒くて長い車が止まっていて、多分宇佐美のママなのかな、そんな人が乗ってた。顔は見えなかったけど、僅かに見えた窓ガラスから見えた腕は、包帯がグルグル巻かれていた。



 宇佐美を見たのはそれが最後だった。


 朝の挨拶で担任が宇佐美君は両親の都合により転校した、と言って、友達な筈だけど僕は宇佐美の電話番号も知らないし、住所も知らなかったからはんば自然消滅というか……不思議な仲だった。でもこういう感じの友達って皆一人や二人いるとは思う。秘かに僕は誰にも言わない。言わないけど。


 宇佐美が怒った時にウサギみたいな顔になる事、人を躊躇なく文鎮で殴れる事から頭でサイコバニーって呼んでた。格好いいって言ったら実際怪我した鎌田に悪いけど、そんな一面を不謹慎だけどもっと見てみたかったかも。今はどこで何してるかも分からないけど……。


 みたいな話を恋人の麻衣に話してた。麻衣は何それーって笑いながらテーブルの上のパスタをフォークに巻く。急に昔友達だった変な奴の事を、その中でもとびきり不思議だった宇佐美の事を思い出して話したくなった。


 だけどもう10年以上も前の話だ。あれから僕は特に不良になったりする訳でも、かと言って優秀で品行方正な人間になれた訳でもなく普通に高卒からそこそこの大学に入って、そこそこな企業で長く勤める普通の人生を送っている。


 いや、大学で知り合った麻衣とは色々ウマが合って、そこからこう……社会人になってからもありがたい事に僕を好きでいてくれて、もう多分きっと、揺るがない関係になってる。もうそろそろ、結婚も視野に入れたいくらいに。


「でも宇佐美君ちょっと可哀想かも。だって多分友達、君くらいしかいなかったんじゃないの」

「まあそうかもだけど、でも文鎮は流石にさあ、俺もそこで引いちゃったんだと思う。一線引くっつうか」

「サイコバニーなんてあだ名つけといて?」

「本人は知らないからいいだろ別に」

「……君、割といい性格してるよ」


 どういう意味だよー、と僕は軽く笑いながら食べかけているパスタを食べる。ま、だから私と合うのかもね、先にお風呂入るね〜と麻衣は自分の分の皿をキッチンへと持っていき、洗い終わると鼻歌混じりにバスルームに行く。


 でも不思議だ、雑談からの流れとはいえ僕はなんで宇佐美の事を思い出したのだろう。本当にあれ以来宇佐美の顔も見ていないのに。生き辛そうな奴だったけど、今何してるんだろうな。案外、どっかですれ違ってたりしてな。


 ……と、明日早めに出勤しなきゃだった。俺も皿洗って風呂入って寝なきゃな。そう思いながら席から立ち上がって、と、椅子が足に当たって、麻衣が置いていたバッグが床に落ちる。全くだらしないな、帰ってきたらフックに引っ掛けなさいと散らかった口紅とか拾っ……





 目を擦った。散らかっている物の中によくわからない物があった。



 僕とお揃いにした、懐かしいアニメのストラップだった。


 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

さびしがりやだからね @kajiwara

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ