気付かなかったこと!
7
神社のお祭りでの出来事から数日後、
「修正ありがとうございます。私としてはこれで問題はないかと思います。あとは上が読んでどう思うかですかね」
「私はもうちょっと切なさとか入れたほうがいいと思うんだけどなぁ」
高校生くらいの女の子が浩輝の後ろからずっと明のプロットを覗いていた。もちろん出版社は学生が簡単に入れるような場所ではない。会議室とて例外ではない。そうなるとこの女の子の正体は……。
「古川さん他に何かありますか? 見直したい箇所があれば言ってください」
明は浩輝に顔をできる限り近付けて、おそるおそる小声で訊ねる。
「後ろを振り向いってもらっていいですか」
「はい?」
疑問に思いながらも浩輝は後ろを向く。後ろには壁とモニターがあるだけだ。
「何か気になることありますか?」
「いいえ何も」
明が不自然に下を向いていることに気付き、小声で訊ねる。
「この前の神社でのお祭りの影響があるんですか?」
気が付いてくれたことで大きな声を出したくなったが後ろの存在に気付かないフリをしたかったので、うつむいたまま小声で話を続ける。
「
少々間をおいて浩輝は理解したように話し出す。
「最近、会議室で少女を見たと社内で言われています。専門家を呼ぶとか話も出ているので、気にしないでください」
さらに浩輝は続ける。
「もうお昼ですし、ランチしながら続きを話しますか」
さり気なく会議室から連れ出そうとしてくれた。もしここで目が合ったら家までつきまとわれるかもしれない。霊と知らずに目を合わせてしまい、つきまとわれた事があったので。その時は幸い人が多い渋谷だったので離れることができたが。お祭りでの出来事から逃げ出せなかったのではないかと思うことがある。
「いいですね。ハンバーグが美味しい店が近くにあると他の作家さんに聞いたことがあるので、そこに行きませんか?」
よし、普通に会話出来ているかも。
「そうしましょう。ノートPCをデスクに置いてくるので、古川さんはエレベーターの近くで待っていてください」
浩輝がPCを片付ける。明も仕事用に持ってきていたタブレットを鞄の中に入れる。机の物を片付けて立ち上がろうとした時に少女と目が合ってしまった。
(あっ)
慌てて目線を逸らそうとしたけどもう遅い。少女が明の方に寄ってくる。
(まずい、逃げないと)
このビルの中に逃げ場所はあるかは分からないが、外に出れば人に紛れ込めるかもしれない。
今はランチタイムだからオフィス街でも外を歩いている人は多いはずだ。
コン、コン、コン。
明と浩輝がいる会議室がノックされる。
「申し訳ございません。今は使用中でして、もう少しで片付けて退室するので少々お待ち下さい」
ノックの主に浩輝が声をかける。次の使用者は分からないが、こうやって返事をしておけば間違いだったら気付くはずだ。
「機密情報の書類やスライドは出ていますか?」
声の主は引かない。浩輝には質問の意図がよく分からないが答える。
「いえ、そのあたりはもう片付けているので発売前の企画書や原稿等は机には出ていません。あとは部屋を軽く掃除するだけ」
「なら会議室に入ってもいいですね」
「よくないです! いきなり何ですか!?」
浩輝の説明が終わるまでもなく、会議室のドアが開けられ男が中に入ってくる。
「ああ、もう、待って。勝手に入ってこないでください」
浩輝は男に駆け寄ろうとして、椅子から立ち上がる。今まで浩輝が壁になってくれたおかげで、少女の霊を直視せずにすんでいた明が顔をこわばらせる。少女には下半身がなく、腰から血が滴り落ちていた。
「ひっ」
明は人の形を保っていない霊が視界に入ると、反射的に顔をそらす。
「そんなことをしていると『私は見えています』と言っているようなものです」
「あれを直視するのは無理ですっ」
闖入者の男にすかさず反論をする。だが、男の方を向いた瞬間、思わず立ち上がる。
「あーっお祭りの時のっ」
「今はあの霊を消すのが優先なので、少し黙っていてください」
男は明を一瞥すると、すぐに少女の霊の方に向かう。
「ただ彷徨っているうちに、この会社に来てしまったんでしょうね。この会社は怪異が惹きつけられる何かがあるのか」
そう一人でつぶやきながら、少女の額を指で触れる。彼が触れた途端、少女の霊の体が崩れ落ちるように分解され声も出さずに消えていった。
「なんでっ? 何したの?」
「何か起きているんですか?」
怪異が見えない浩輝は状況が分からず明に訊ねる。男が入ってくる前と特に変化がないように見える。
「この会議室にいた怪異を1体消しました。特に強い怨念とかもない彷徨っていただけのただだの浮遊霊でしたので問題なく終わりました」
「はあ」
浩輝の中に釈然としないものはあるが、終わりと言っているのなら仕方がない。ただ1つだけ言っておきたいことがあった。
「まさかとは思いますが、怪異が出た会議室に使用中に入っていませんよね?」
気難しい作家との打ち合わせやまだ世に出ていない企画の会議、役員会議に勝手に入っていたら大問題だ。
「ちゃんと入っても良さそうか聞いてから入っています。拒否されたさすがに待っているので」
色々と深く訊きたいことはあるが、これはまたの機会にしよう。おそらく今後も社内ではち合わせできそうなので。
「できれば、よっぽど危険な状況じゃない限り控えてください……」
浩輝が男が社内で大問題をおこしたらどうしようと、自分には関係ないのにあれこれ想定される事案を頭に巡らせている。
「さっきは下半身がない霊に気を取られて後回しにしてましたけど、なんでこの人がここにいるんですか!?」
生きている人間ではあり得ない姿をした霊を見たショックから立ち直った明が会話に割り込んでくる。
「お祭りの時に会社で見たことある顔だと思って調べてみたら、弊社に定期的に来ている社内カウンセラーの方だったようで」
浩輝が別に不思議じゃないという感覚で説明する。
「悩みを言っても気の所為で終わらせられそうですよ!?」
明の勢いは止まらない。
「いや女性社員には大人気のようで、中々予約が取れないと同じ部署の女性が嘆いていました。勝手に会議室に入るのは問題ですが、一応はカウンセラーの仕事はできる人ではないでしょうか」
「それ顔のいい男に話を聞いてもらって満足しているだけじゃないですかっ」
お祭りの時のことを考えると心が軽くなるなんて考えられない。むしろ悩みが増えそうだ。
「あっお名前は
何故か聞いてもいないのに勝手に浩輝があの男の紹介をしている。
「どんな怪異にいたのかお祭りではやたらと怪異を庇っていましたが、今消えた浮遊霊を見てもまだそんなことが言えますか?」
男―玲臣は刺すような視線で明に問いかける。
「うっそれは」
明はすぐに反論できずにいた。確かに自分に帰り道を教えてくれたお面の人は優しかった。でも、すでに悪意がありそうな浮遊霊を街でみかけている。自分も危ない目に遭いかけた。
「で、でも生前の思い残したこととか遺族を守りたいとか……」
全てを悪いと思いたくないのか、頭に浮かんだことを口に出して明は反論する。
「怪異を庇うのは、せめてまともな怪異か害がある怪異かの見分けがつくようになってからの方がいいですよ」
ため息をつきながら玲臣は明に言い放った。
「世の全ての怪異があなたが考えているような怪異ではないので」
明の頭にふっと助けてくれたお面の人がよぎった。それでも話ができる怪異はいるはずだと。
去っていく玲臣を見ながら今後悪意のある怪異にしか出会えなくても彼女のことはわすれないようにしようと明は誓った。
現実の世界はおとぎ話よりも怪異が棲みついていました 紺桜 @ririri99
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