怪異の鎮火!

 櫓を目指して歩いて行く途中にもお面は落ちていた。そして、お面をつけている人はいない。自分たちと同じようにここに来てしまった人には出会った。その人達には神社への帰り道を教えた。今はお面がいなさそうなので、あの道が正しければ無事にかえれるだろう。

「お面だけが散らばっていますね」

あかりは地面を見渡しながら歩いている。あれだけ燃えていた火が消えていたので今はスマートフォンの光に頼って歩いている。

(たしか目元に朱色が入っていたはず)

逃げ道を教えてくれた人の特徴を思い出しながら探している。わずかな光だけだと見落としてしまいそうだ。

「これっ!」

明は突然地面に落ちていたお面を拾う。

古川ふるかわさんどうしたんですか?」

「やっぱり」

明は拾ったお面を見つめていた。都合のいいことなんか、連続しておこるはずがないそう思っていた。でも、いざ現実と直面してみるとやるせなさがある。何も悪いことをしていないこの人がなんで消えなければいけなかったのか? せめて理由だけは知りたい。明の目の端が薄っすらと濡れていた。

「大丈夫ですか?」

心配そうに浩輝こうきが声をかける。

「大丈夫じゃないけれど、歩けます」

お面を地面に戻さずに、櫓の方に向かって歩き出した。浩輝はまた何か話かけようとしたが、明の振る舞いを感じ取ってそれ以上は何も言わなかった。


「そう言えば、目の前のお面に襲われるってなった時に目をつぶってしまったから、消える瞬間を見ていないんですよね? 戸田とださんは見ましたか? まさかとは思いますけれど、戸田さんが何かしたとか」

今更な気もするが、明は気になったことを訊いてみた。

「俺は何もしていないです。はっきりとは見ていないのですが……突然ふっと消えたような気がしました。何もしていないのに突然に」

浩輝も不思議に思っているようだ。

「人ってあんな突然消えるんですかね。幽霊や妖怪の類だったらまた別かもしれませんが」

男の話を思いだしながら、浩輝はつぶやく。幽霊や妖怪が実在しているとは信じたくはないが、あまりにも理屈で説明できないことが多すぎる。

「でも、幽霊や妖怪だったとしても、全員同時に消えちゃうのはおかしくないですか?」

それもそうだ。1人だけなら消えてしまった理由が何かあるのかもとは思うが同時に消えるのは謎だ。それに、他のお面もみんな消えている。

「あまり考えたくはないんですけれど、出口が塞がったってことはないですよね?」

明が不安そうに浩輝に訊ねる。さっきは少し諦めてしまいそうになったが、帰り道を教えてくれたお面の人のためにもここから逃げないといけない。

「それはないと思いたいです」

男の話だと自分たちが出れなくなるだけだから、出口が塞がったことでお面の人が消えるのは理論的ではない。だが、実際に帰れなかった人の話を聞いたわけではないので、明に断定することはできなかった。2人は消えた理由は知りたい、だがどこかすっきりとしない不安を抱えていた。


最初に2人が来た櫓の広場には道中で見たよりも多くのお面が散らばっていた。

「こんなにお面の人が潜んでいたのか」

改めてお面の数を見ると自分たちが捕まらなかったのは運が良かっただけかもしれないと思えてきた。

「最初に来たとき、もっと明るかったの気のせいなのかな?」

広場は前に来た時よりも薄暗い。道中が暗くなったのは周囲を照らしていた一際大きい炎が消えたからだと思っていた。うろ覚えだがこの広場にも小さく火が燃えていたようにも思う。複数の火が消えるようなことは何も起きていないはずだし、流石に全部消えるのは不自然だ。

「確信は持てませんが、複数の火が燃えていたような気がします。それで広場が照らされていたのでお面をつけられる瞬間を見てしまったので」

「なんで消えたんでしょうね?」

あの男が消した、という考えが浩輝の頭をよぎった。1人で消せるような数ではないような気もするが。

「誰かが火を消した、とか」

自然に消える要素がないのなら、人の手で消すしかない。数の問題はどう考えるかだ。

「えっ、あんな大きい火を消したんですか?」

どうやって消したかも問題だが、それ以前の問題がある。

「何のために消したんだ?」

お面の人たちから隠れたくて周囲を暗くしました、では無理がある。それに向こうは光がなくても、こちらを認識してくる可能性もある。暗くなったら不利になるのは、自分たちの方ではないか?


「あなた、まだ帰っていなかったんですか?」

火を誰が何の目的で消したかを考えていた浩輝は予期せぬ声掛けに驚き振り向く。そこには帰り道を教えてくれた男がいた。

「少々気になることがあって。夜明けまでは時間がありますし」

関わっているかもとは思っていたが、こんなにすぐに会えるとは。本人に訊いてみるチャンスかもしれない。

「戸田さんの知り合いですか?」

明かりが浩輝に耳打ちする。突然声をかけてきた男に戸惑っている。

「帰り道を教えていただいただけで、知り合いというわけではないです」

どこかで見た覚えはあるが、話したことはないので知っているひとではない。それに帰り道を教えてもらったので、こちらに敵意を持っているわけではないのは分かる。怪異の後を追っていたのでそこで何かしたのではないか? お面の人たちが突然消えたことについて知っているかもしれない。

「最初は神社に帰ろうとしたのですが、その途中でお面の人たちが突然消えて……。気になって戻ってきました」

浩輝は嘘をつかずにありのままを話した。嘘をつく理由など何もないので。無理に理由をでっち上げて警戒される方が問題だ。それを聞いた男は呆れ気味だった。

「無闇矢鱈に怪異に首を突っ込むのは感心しません」

余計なことをしていないで、早く帰れと言われているようだ。あの男は迷って来た人を返す依頼を受けていると行っていたのだから当然だろう。だが、気になるものは気になってしまう。

「消えた理由、分かりますか?」

「人の話聞いてました?」

自分の忠告を無視されたせいか、男は少々期限を損ねたようだ。浩輝はお構いなしに話を続ける。

「広場に大量にあった火も消えているんですよね。俺たちが最初にあの櫓に来た時は一際大きい炎も燃え上がっていたのに」

男も諦めがついたのか、さっさと帰したかったのか本題に入る。

「あの火は私が消しました。火が消えたので怪異も消えました」

「怪異と火がどのような関係があるのですか?」

浩輝は率直な疑問を述べる。自分が怪談や都市伝説に疎いから分かっていないと思いこんでいるが、大半の人はこの説明だけでは納得いかないだろう。

「見た限りではお面と火に関係性はなさそうでした。お面の集団はあの火の前で妙なことはしていませんでしたし」

浩輝は自分の中の少ない怪談知識を総動員して考える。妖怪は人間に危害を加えるのならば、何か相応の行動をしているはずだと。

「まず怪異は特に何もしなくても人間に危害を加える奴らもいます。物語とは異なります」

男は本題に入る前に浩輝の誤りを正す。

「すみません。」

浩輝は自分の勘違いを詫びる。やっぱり、専門外の推測は正しくなかった。

「ではなぜ火が消えると怪異も消えるのでしょうか」

浩輝は次の質問を繰り出す。

「あの火が怪異の本体代わりのようなものだったので。人間は心臓を刺されると死んでしまいます。でも、あの怪異は死んだ人間が変化したようなものなので心臓に当たるような急所はない。だから、そちらを狙いました。実際、仕掛けてみても特に効いてなさそうでした」

恐ろしいことを言ってくる。

「そうですか」

微妙に知りたかったことの確信に迫れていない。だが、ここまで断言されると納得するしかない。どうにも釈然としないものはあるが。

「中にはまだ心が人間だった人がいるって思わなかったんですか!?」

今まで黙って浩輝と男の話を聞いていた明が割って入ってきた。突然のことだったので、浩輝も思わず明の方を振り向いた。

「古川さんどうしたんですか!?」

「確かに元々の幽霊は人を仲間にしていました。だからといって全員消す必要はありましたか? まだ人間として話せる人もいたんだから、その人たちだけでも助けてからでよかったじゃないですか」

自分にはどうしようもなかった気持ちや助けてくれた人が殺された気持ちが混ざり合って、明は自分の言いたいことを吐き出していた。興奮しているからか、顔は赤らんでいた。目も少し潤んでいる。

「前提として説明しておくとあの怪異は集団で一つの個体ですので、1体だけ助けるとかは無理です」

男は冷静に事実を述べる。

「どんな怪異かなんて聞いていないですっ」

明は事実を認めたくないのか、それとも今は何も考えたくないのか間髪入れずに反論した。その反論もただ自分の感情だけで喚いているだけだ。

「ええと、あの怪異は古川さんがお世話になった人だけを助けるのは難しいんです。親を消すとそこに紐付けられている子も消えるのであって」

浩輝は自分が理解した内容を明に説明する。ここまで怒る明を見るのは初めてだったので、それにつられて浩輝も上手く説明ができないでいる。お世話になった人が消された怒りは分かるが、目の前の彼も決して悪気があってのことではないだろう。それに親―怪異が消えなければ、自分たちが子にされていた可能性もあるのだ。

「他に人間の記憶があった人だけを方法もあったかもしれませんが、俺たちにはそれを実行できないので」

そう言うと明は下を向いてうつむいてしまった。言いすぎてしまったか。浩輝だって明を落ち込ませたいわけではない。ここにいたら悪化するだけだから、早く明を連れて神社に戻ろう。

「他に方法なんてないですよ」

明に帰ろうと言おうとした時に鋭い声が割り込む。

「そんな言い方はっ」

今の明には少々きつい言い方なので、浩輝は男を止めようとするが話は淡々と続いていく。

「怪異になったらもう人間じゃなくなる。そうなったらもう終わりにしないといけないんです」

男は明ではなくどこか遠くを見ていた。


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