三組目 柊雪
「うあああぁ~! 爆死したよぉ~!」
俺が
『おつおつ。骨は拾っておいてやろう( ÒㅅÓ)キリッ』
「しゅ~うっ! 天使かよ~! ごめんな、商店街の店を片っ端から巡らせちまって」
『気にしてないぞ。心配性を発動するの、雪の悪いとこだな ョチ( * ´꒳`ノ(´^`° )ョチ︎』
「マジで柊の背中に羽が見える! バイト代入ったら、飯おごるからな! 俺の推し活に付き合ってくれるの、柊だけだよ。知り合いの女の子が嫁自引きできんくて発狂するの、地獄絵図だろ。……なんか、自分で言ってて切なくなってくるわ」
『相変わらずのお豆腐メンタル(´∀`*)ヶラヶラ』
傍目から見れば、俺が一方的に話しているように見えるだろう。柊はスマホを凝視したまま、俺と目を合わせないのだから。さながら、金髪ギャルに絡まれている哀れな真面目学生の図だ。柊が画面上なら饒舌になれることを、知っている人物は数少ない。家族か俺くらいのものだ。
俺と柊が出会ったのは、高校ではなくツブヤイターだ。ブロマイド交換希望のハッシュタグから、俺が見つけ出した。ローブを着た魔術師ユイリィの水着なんて、レア中のレア。五万円以上の高値で転売されるのを見て、何度も歯ぎしりしていた。ブロマイドは全七十種類、箱で買うにも出費は痛い。だから、高校生の財布では入手不可だと思っていた。たまたま交換条件だったナナカの寝顔を引いていた俺、すっげぇ強運じゃね?
都内在住の場合は手渡し可能と書いてあったから、駅を待ち合わせ場所に指定した。リアルでもネットでも男っぽい俺が、実は女子だったなんて引くよな。そんな不安は、柊と会って消えた。
「なぁ。あんたがぶつかってきたから落としたんだけど。新しいの買って弁償しろよ」
ガラの悪そうな男が学ランに絡んでいた。飲みかけらしいフラペチーノの容器は、半分以上減っている。飲もうとした直前に落としたのならともかく、大の大人が情けねーな。あれ。学ランくんのスクールバッグについてるの、全部ナナカのバッジだ! 交換相手のラギさんのアイコンと同じバッジもある。
俺は喉の調子を確かめて二人に近づいた。
「お兄ちゃん待った? メイト行こ」
「はぁ? こんな冴えない奴に妹がいるのかよ。妹ちゃん、こいつ何もしゃべってくんないから、代わりに弁償してよ」
俺の腕をつかもうとした男に、嫌な汗が背中をつたう。
「てめーに使う時間はねーわ! さっさと失せやがれ」
「ひゃいぃ~! 絡んですみませんでした!」
他愛ねぇな。
退散する男に鼻を鳴らすと、学ランは俺の袖を遠慮がちに引っ張った。学ランに促されるまま、スマホの画面を見る。
『ありがとうございます(߹ㅁ߹) 💦 怖くて声が出せなかったので、お姉さんに助けられました( *^^人)♬*°』
くっそかわえぇ~っ!
小動物かよ。ポーカーフェイスなのにこの顔文字のセンスはずりーだろ! 嫁以外に尊死しちまうじゃねぇか。
ラギさんもとい柊と会った日、俺は三次元でも推しができるのだと思い知らされたのだった。
柊が同じ歳と知ってから、休日はほぼ一緒にグッズを集めるようになった。今日はガチャガチャの缶バッチとラバーストラップで運試しをしていた。
『ユイリィ以外揃ったの、逆に奇跡じゃない? ここまで揃ったら痛バにすればどうかな』
「ああ言うのはセンスが問われるんだよ。何時間も試行錯誤した結果、穴だらけのカバンが残るんだ。柊みたいにセンスよく飾れるのスゲーよ。引き出しに飾るとしても、入り切るかな」
全部引いても嫁が出ないのは、割に合わない。お年玉を全部つぎ込んだのに。
『雪、お年玉を使い切ったの?』
ぎく。心の声が全部漏れていたのか?
『今日買ったもの、ちょっと貸して。次に会うとき、ロゼットにするから』
「ロゼットって何だ?」
首を傾げる俺に、柊は自身のバッグを指差した。プリーツ状にしたリボンで飾られたバッジがある。リボンの色は、ナナカの目の色に合わせていた。
ダブったバッジに、こんな活用方法があったのか?
俺は目を輝かせた。
「すげぇよ、柊! 費用は全部払うから、レシートを残しといてくれ」
「別にいらないよ。俺と雪の仲じゃん」
「それもそうだな! 恩に着るぞ、柊」
柊とハイタッチしようとした手は、直前で止まる。さっきの低音イケボの主はまさか?
『自引きしたそうだから黙っていたけど、ユイリィの新作缶バッチとラバスト持ってんだよね。雪の普段使いする用と、雪が鑑賞する用。雪はどうしたい?』
声がよすぎる。いつも見る画面越しの会話なのに、破壊力がやばすぎるんだが!
「お恵みください、柊様!」
半ばヤケクソになる俺に、柊はブイサインを送った。弄ばれている感は腹が立つけど、俺が離れたら柊がぼっちになるからな。俺は大人だから我慢してやらぁ!
無表情×ツンデレしか出ない短編集 羽間慧 @hazamakei
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