4話 偶然の出会い(3)

「すごい、5分で着いた…。」


 近道を通ったお陰で、雪の働くベルンに予想以上に早く辿り着くことができた。

 皐月はこの道を通って良かったと安堵し、後ろで驚いている雪の顔を見る。


「君、すごいな!あのスーパーから5分で店に辿り着けるなんて、全く思ってもいなかったよ。驚いた。」


 雪は興奮気味に皐月を見て、驚きと感動で目がキラキラしていた。

 皐月は思う。


 雑誌ではクールそうに見えたが、実物は違うように思えた。

 見た目が綺麗系だからか少し冷たいように感じたが、実際は可愛い。

 顔は似ていないが、李登の兄だと納得が行くような、そんな優しいオーラが漂っている。

 だから、可愛いく見えるのかもしれない。


「狭くて少し暗い道だから、夜とかはあんまり通らない方がいいですけどね。」

「確かにそうだね。夜、あの道を一人で通るのは流石に怖い。」


 雪はふわりと笑い、皐月を見る。

 その表情に皐月はまたまた胸をきゅんっとさせてしまい、パッと顔を逸らす。


 そんな顔をされたら、男も女も落ちてしまう。

 そんな力を雪は無自覚に持っていると皐月は思った。

 李登のようにか弱い様には見えない。

 けれど、どこから見ても男なのに、雪はどこか無防備なところがあり、放っておけない。


「ん?どうした?」


 どうしてそう思うのか皐月にも分からず、逸らした視線をまた雪に移してじっと見つめてしまう。

 そんな皐月を見て不思議そうにしていた雪だったが、急に何かを思い出した表情を見せた。


「そういえば、なんで君俺の店知ってたんだ?」


 ふと思ったのか、雪がそうに聞いてきた。

 不意のその質問に皐月は困り、言葉が詰まる。


何と言えばいいんだ?


 雑誌を見てあなたに一目惚れをしました!なんて言えるわけがない。

 下手すればストーカーに近いと思われる。


「えっと…あの…、」


 言葉に詰まる皐月は、頭の中にぐるぐる回る言葉を探し出し、どれを言うか選ぶ。

 けれど上手く言葉が出ず、無言になってしまう。


「もしかして、雑誌でも見た?」


 そう聞かれ、びくりと肩が揺れる。


「やっぱりそうか!」


 その皐月の反応を見て、雪は確信を得たようだった。

 けれど、皐月があからさまに〝雑誌〟に反応を見せたのは、下心を見透かされたかもと思ったからで、雪が思う様なただ単純なものではない。


「雑誌ってかなりの宣伝になるんだなぁ。」


 雪は雑誌の影響をしみじみと思い知ったのか、一人で関心しているようだった。

 そんな雪を見て皐月はクスリと笑い、そうですよと一言返す。


「雑誌ってすごいよな。今までここを知らなかった人が急に知り始めて、遠くからでも来てくれるようになるんだ。まぁ、大体が俺のこの美貌に食い付いて来るんだけどね。」


 雪はふっと笑い、不気味に笑っていた。

 その言葉とその笑みに、皐月は雪の性格を知ったような気がした。

 ーー実は、腹黒い。


「へぇ、自分の美貌を知ってるんだ。」

「まぁね。使えるものは使わないと。」


 雪は鼻で笑い、当たり前だろと告げてくる。

 そんな発言を聞いて、皐月はにんまりと微笑んでしまう。


「雑誌で見た印象と全然違う!」


「当たり前だろ。雑誌なんて見た目だけが重要で、性格が写るわけじゃない。綺麗に写ってなんぼなんだよ。」


 その腹黒さを目の当たりにした皐月は、また笑ってしまう。

 なぜだろう。

想像していた人物じゃなかったのに、裏切られた気持ちにならない。


「すげー腹黒。」


「大人なんて皆そんなもんだ。」


 雪は何言ってるんだ、とでも言うような顔をして、皐月を子供扱いした言葉をぶつけて来た。

 その言葉でふと思いつき皐月は言った。


「李登が聞いたらショックを受けそうだなー。」


「李登…?君、李登の友達なのか?」


 雪は李登の名前を聞くと、さっきまでの腹黒さは消え、焦った顔で訴えて来た。


「仲良い友人です。」


 そう笑いながら言うと、雪は更に引きつった表情を見せる。

 その表情を推測するに、雪は李登の前では猫を被っていると分かった。

 兄の雪がこんな性格をしているからこそ、李登のような純粋な弟が生まれるのかなと皐月は思った。


「大丈夫ですよ、李登には言わないので。だって、李登の想像している〝兄〟を壊したくないのは俺も同じだし。」


「なんで君が壊したくないんだ?」


「あんな純粋な李登にこんなこと言ったら、寝込んじゃいそうで。まぁ、信じないだろうとは思いますけどね。」


 李登に言っても、かなりの確率で信じようとはしないだろう。

 それくらい、李登の中の雪は完璧な兄なのだ。

 だからこそ李登は雪に素直になれない。


「君、意外にいい奴だな。」


 そのぼそりとした言葉を聞き逃さなかった皐月は、まぁねと返す。


「よし、李登の友人として認めてやろう!」


 なんて言い始め、雪は急に皐月の手を掴んで店内にずいずいと進み出した。


「え?急にどうしたんですか?」


 雪の行動が読めなかった皐月は、少しだけ戸惑い、首を傾げて雪の後に続く。


「俺のケーキ食べてって。特別にショーケースの中の物全て何でも許す!」


 これは雪の中での感謝している意味だと受け取った皐月は、雪の行動に納得し愛しさを増す。


「ありがとうございます。」


 想像していた人物とは違うけれど、愛しいと思うのは変わらない。

 皐月は雑誌で見た雪より、人間らしい性格をした実際の雪の方が好きだなと思うし、尚更想いが増す。


 手を掴まれたところ全体がさっきの様に熱くなり、心臓がどくどくと早鐘を打ち初める。

 その自身の気持ちに戸惑いは全くなくて、皐月は雪に対しての気持ちを膨らませる事になるだけだったのだ。


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不器用パティシエ 有栖 @arisssu2525

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