3話 偶然の出会い(2)

学校が終わり、皐月は雪が働くベルンに向かった。

 ベルンのお店の位置は把握済みで、皐月は地図を見ずに先を進む。


「なんかそわそわするな…。」


 まだ歩き出して数分なのに、心が落ち着かない。

 ベルンまではまだ距離があり、雪に会ってもいないのにだ。


「俺、もしかして緊張してる?」


 あまりしたことがない緊張感に、皐月はすぐに自身が緊張していることに気付く。


「はは…笑える。」


 そんな自分に笑えてくるのはどうしてだろうか。


「コンビニでも寄って飲み物でも買うか。」


 このまま落ち着かない気持ちで雪に会っても、たぶん目を見ることもできそうになく、後悔するはめになると思った皐月は、ペットボトルでも買って何かを口にしようと決める。


 けれど、目の前のコンビニに入ろうとして手が止まった。

 なぜなら、隣の業務用スーパーから出て来た男の両手に持っていた大きな紙袋のその二つが突然破け、中に入っていた物がドサドサと下に落ちたからだ。

 そんな人を目の前で見て、放っておける皐月ではない。

大丈夫かな?


 荷物を落とした男の顔は見えず、後ろ姿しか見えないが、男は荷物を落とした事で焦っている様子が背中から伝わって見えた。


「大丈夫ですか?」


 皐月はすかさず落ちている物を拾い集め、両手に抱えながら、ふと拾い集めた袋に目が行ってしまった。


へえ、ホットケーキでも作るのかな?


 皐月が拾ったのはベーキングパウダーや砂糖と書かれた袋だった。

 その袋を見て、そんな重いものを大量に紙袋に入れればそうなるに決まっていると皐月は思い、破れたのはそれが原因だと思った。


「落ちたのはこれで全てですか?」


 目の前に落ちていたものは全て拾い集めたが、もしころがってしまっていたら取りに行くしかない。

 そう思うと、なんだか見落としてそうに思え、皐月はまた確認として辺りを見回す。

 そんな皐月に、男は顔を上げて礼を述べて来た。


「あっ、ありがとうございます。」


え…?


 皐月は男の顔を見て目を見開く。


「助かりました。」


 なぜなら、男は皐月がこれから会いに行こうとしていた相手だったからだ。

 そう、柊雪だ。


「あの?」


 雪は皐月が急に言葉を失っているのに気付き、小首を傾げ始める。


「大丈夫?」


 その綺麗な顔で見詰められ、皐月は更に声が出ない。


やばい、綺麗すぎ…。


 綺麗過ぎる男なんて初めて見た。

 雪は、雑誌で見るよりも現実の方がもっと美しく、眩しく見える。


「拾ってくれて助かったんだけど、俺早くお店に戻らなくちゃ行けないんだ。だから、拾ってくれた物を渡してくれないかな?」


 雪は焦りと戸惑いに額に汗をかきはじめていた。

 その姿を見て、皐月は我に返る。


「あっすみません。はい、これ。」


 皐月は謝りながら素早く拾った物を全て雪に渡そうとしたのだが、雪は両手を塞がっていて、受け取ることができそうになかった。

 それもそうだ。

 紙袋が破けるくらいの量を買い、それらを纏める物も無くなったのだから。


「あっ、ごめんね。返してとか言ったけどちょっと待って。この荷物を入れる袋を貰いに行くから…。」


 雪は、荷物を入れる袋を貰いに店内に戻ろうと歩き出す。

 その姿を見て皐月の手が自然と動く。


「俺、持ちます!」


「え?」


 その手は雪の手首を掴み、店内には行かせないようにそう告げる。


「時間ないんでしょ?二人で持って歩いた方が早く着きますよ。」


 それは下心とかではなく、本当にそう思っての言葉だった。


「でも…、」

「俺、重い物を持つの得意なんです。俺の事は気にしなくていいので、早く戻りましょう!」


そう言って、皐月は勝手に歩き出した。


「あのっ、君、」


 雪は皐月の行動に付いて行けていないようで、目をパチクリとして止まっている。

 そんな雪を見て、皐月は雪の元に戻り、どさくさに紛れて雪の腕を掴む。


「ほら、早くしないと。」


 そう言って、皐月は雪の右手を掴みながら走り出す。

 それは下心がない、純粋な気持ちから出た行動。

 それが、九条皐月の良いところ。


「間に合うといいですね!」


 皐月は走りながら背後にいる雪にそう言うと、雪が無言で頷くのが見えた。

 その姿を見て、可愛くて、愛おしく感じてしまう。


どうしよう、好きだ。


 まだ何も雪の事は分からない。

 けれど、気持ちは膨らむ一方だ。


「俺近道分かるので、その道行きますね。」

「近道?」


 皐月はそう言うと、路地裏を曲がり、ベルンへと急ぎ足で向かう。

 そんな皐月の言葉に、雪は頭にハテナを浮かべながら、ただ皐月に連れられて走っているのだと見なくても分かる。


「大丈夫です!地元なので!」


 なんて自分でもよく分からない言葉が出てしまい、笑ってしまう。

 幸せ。

 その言葉が頭に浮かび、皐月はまた笑ってしまう。

 そして、皐月は幸せを噛み締めながら、雪の右手を掴んでいる手に汗を滲ませ、前だけを見ながら、ただひたすら小走りで走るのだった。

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