2話 偶然の出会い
入学式も終わり、あっという間に初登校日になった。
早く一人前のトリマーになりたい皐月は、授業を受けたくて仕方がなく、浮かれた気持ちのままドグニャー専門学校へと向かう。
すると、教室の中で一際暗いオーラを纏う友人が目に止まった。
「どうした? 暗いオーラを出して」
「皐月…。」
その友人は、哀原李登(あいはらりと)と言って、受験当日に仲良くなった愛くるしい顔立ちの男だった。
けれどそんな愛くるしい顔が、今、落ち込んだ表情をして机にうなだれている。
皐月は、すぐに何があったのかを李登に聞くと、李登は小声で何があったのかを話してくれた。
「…大変だったんだな。」
話しを聞き終えた皐月は、ペンを動かす手を止めてそう言った。
その言葉に、李登は机の上で顔を埋め始め、一人で更に落ち込み始める。
「大変ってもんじゃないよ。」
愛犬との二人暮らしを楽しみにしていた李登に降りかかった災難。
それを聞いて、皐月も同情してしまう。
「だよな。俺もそうなったら泣くかもしれない。」
「だろ、心が張り裂けそう…。」
李登は携帯を広げて待ち受けのポン太を見て溜息を吐く。
「ポン太と一緒に住めると思ってたから、あそこのアパートに決めたのにさ。」
「まさかの一人ぼっちになるなんて…想像もしてなかった。」
「メールでも、ポン太と一緒に住めるから楽しみだってずっと言ってたもんな」
その言葉に李登は反応し、顔を上げる。
「そうなんだよ!あんな可愛い子を手放さないといけないなんて。俺ってマジでダメな親…。」
皐月と李登のメールの内容は大体お互いの愛犬自慢が殆どだった。
皐月の愛犬はマルチーズのしろで、李登の愛犬は雑種のポン太だった。
「李登は親馬鹿だな。」
「皐月だって同じだろ?」
皐月は李登に言われた言葉に否定しないですんなりと受け入れ、笑った。
「まあでも、雪兄さんのお店に行けばいつでも会えるから、今は我慢する。」
ゆき…?兄さん……?
その名前に反応をしてしまった皐月は、もしかしてと思い、李登にそれとなく聞いてみる事にする。
「李登のお兄さんって、ここから近場のケーキ屋だっけ?」
李登の兄がここから近いケーキ屋を営んでいるとは聞いていたけれど、まさか皐月が好きになった相手の名前と一緒だったとは思ってもいなかった。
ーーもしかして。
「そうだよ。ベルンっていうお店なんだ!」
ベルン…?
お店の名前を聞いて、それは確信へと変わる。
「ベルンって、あのイケメンパティシエのいる所だよな?」
「え?うん。雪兄さんはイケメンだよ。」
李登は大きく潤った瞳を皐月に向け、そう言う。
それを聞いて、皐月は高鳴る胸を抑えるのに必死になった。
「ということは、そのイケメンパティシエが李登のお兄さんということか、なるほど。」
皐月は李登にばれないように、首を縦に2度ほど振って頷き、冷静を装う。
「皐月もそういうことに食いついたりするんだ?」
李登は皐月の不思議な態度を見て、何かを感じ取ったらしく、そう言ってきた。
「だってさ、同じ同性でもあんなに整ってる人っていないからな。悔しいけどあんな綺麗な人間もいるんだって認めるしかないって思った。」
皐月はどうにかして、雪を好きになったことを李登に隠そうと、必死に言葉を探した。
「俺もそう思ったことあるよ。」
李登は皐月の言葉に納得し、気恥ずかしい表情を見せていた。
「お兄さんとは仲良いの?」
そんな李登に、皐月は聞いてみたいと思っていたことを質問することにした。
「悪くはないよ。歳が離れてるのもあるけど、喧嘩は一度もした事無いし…雪兄さんはこんな俺を可愛がってくれてる。」
「ただ、今は俺が一方的に拗ねてるだけ。」
「何で?」
「雪兄さんが俺を置いて海外に行ったのと、この頃店が忙しかったから、かな。」
そんな話をしていて、恥ずかしくなったのか、李登は突然頬を赤く染め始めた。
そして、少し後悔した表情を見せ始める。
「要は構って欲しいんだな。」
皐月はにやりと笑って李登にそう言ってみた。
「幼い奴だって思っただろ。」
李登は顔を赤くしたまま、また机に顔を伏せ始める。
そんな李登の仕草を見て、可愛いなと感じてしまう。
「良いことじゃん。俺にも弟いるけど、そんなに慕ってくれてねーよ。李登みたいに構って欲しいなんて思ってもらえたら、お兄さんも嬉しいと思うけど?」
「そうかな?」
皐月は李登の頭をポンポン優しく叩いて、席を立った。
次の授業が実技で、実技教室に移動だということを思い出したからだ。
「皐月って確かに長男っぽいよね。」
李登は歩きながら皐月に話しかける。
「そう?初めて言われた。」
「嘘だぁ。入学式の時も計画立ててくれてたじゃん。」
皐月は入学式の時の事を思い出す。
あの時は、李登が入学式の会場が分かっていなさそうだと思い、分かりやすいようにと、会場の地図を添付してメールを送った。
ただそれだけの事だ。
「あれは、お前が引っ越したばっかりで不慣れだと思ったからで、ここが地元の俺がそうするのは当たり前の事だと思っただけ。」
皐月は思った事をただ告げると、李登は少し尊敬した眼差しを向けて照れていた。
「確かに助かった!」
「だろ?今度はここら辺の穴場とか、いろいろ教えてやるよ。」
専門学校がある場所が地元である皐月にとって、穴場や何があるのかは朝飯前。
「うん、よろしく。」
でも、雪が働くベルンだけはノーマーク。
行こうと思っても行けなかった。
けれど、憧れの雪が李登の兄だと知ると、何だか距離が近くなったように思え、この勢いのままベルンに行けるような気がした。
いや、気がしたではなく、行きたい。
よし、決めた!
皐月はこの瞬間、雪に会いにベルンに行こうと決めるのだった。
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