不器用パティシエ

有栖

1話 高揚感

生まれて初めて、甘い物が食べたいと思えた。

 それは、ある一冊の雑誌に大きく写る真っ赤なタルトを見てそう思った。


 皐月は、母親が作ったショートケーキを食べた時に腹痛に悩まされ、それがきっかけで甘い物が食べれなくなってしまい、甘い物には無縁だった。

 けれど、一口程度のチョコレートさえも口にしなかった皐月だったが、その赤いタルトを見た瞬間、食べたいと思えた。


「柊雪、か。」


 柊 雪 年齢24歳。

 

真っ赤なタルトの横に記されたプロフィールを見て、このタルトを作ったのが男だと知る。

 そして、次をめくり、その男の写真が大きく載っていた。


ん…?


 柊雪の顔を見た瞬間、皐月は心にビビっと来るものがあり、自身の胸を咄嗟に押さえた。


「なっ、なんだ…これ…。」


 自分でも分からない感情。

 その生まれて初めての感情に、戸惑いと焦りを感じる。

 けれど、それは嫌なものではない。


「顔あちぃ…。」


 徐々に増していく顔の熱さと、動悸。

 なんだなんだと頭を巡って行くと、この間、弟が話していたことと似ていることに気が付いた。



『俺、アイツの事考えると胸が苦しくて、心拍数は速いし、顔も熱くなって真っ赤になるんだ…これって恋かな。』



 その言葉を聞いた時、当時は「そうなんじゃねーの。」と軽く答えたが、実際は恋愛なんて今まで考えたことも、したこともない皐月にとってはどうでもよく、軽い気持ちでそう答えた。

 けれど今、それと似た現象が自分にも起きている。

 すなわち、これは。


「恋…?」


 まさか雑誌に写る人間に恋をするとは思ってもいない皐月は、すぐに雑誌をパタンっと閉じて、視線を愛犬のしろに向ける。

 しかし、雪の顔がチラついてまた雑誌に手が伸びて開いてしまう。


「店の名前はベルンって言うのか…。」


 店の名前を見て、すぐに何処にあるのかを確認してしまう。

 すると、その場所は家から近い事に気付いてしまった。


「徒歩10分もしないじゃん。」


そんな近い距離にこの人がいる。

そう思うと、いてもたってもいられないが、まだこの気持ちに戸惑いもある皐月は、まだ行く事ができないと自身を止めた。


「男に恋とかねーだろ。」


 男が男に恋をする。


 そんな事、今まで考えた事もなかった。

 でも、今はそれもありだと思っている自分がいる。


「男でこんな綺麗な顔してんのって反則じゃね?」


 なんて言って一人で笑う。

 そんな皐月を、しろは尻尾を振って見ている。


「しろ、今日は雨が降ってるから散歩は無理だぞ?」


外は土砂降りの雨。

だから、行けない。

ーー行かない。


 そう思う事で、少しは高まる気持ちを落ち着かせる事にして、皐月は雪に抱いた感情をこの時は抑えたのだった。

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