事故にあった。顔がめちゃくちゃになった。

@screamblood

全て

私ははっきり言って人生勝ち組だ。高校生で大人気モデルだし、写真集なんてすぐに完売。お金もたくさんあるし、男なんて選び放題だ。


「宮崎萌音さんっ。あなたのことが好きです。付き合ってくださいっ」


そんな勝ち組である私に、見るからに人生負け組な隠キャ男が告白してきた。


立場弁えろっての。あんたなんかじゃ無理に決まってるのわからないの? 高嶺の花じゃ済まないわよ。


「……なんで好きになってくれたの?」


でもそれを言ったら逆上されて何されるかわからないし……こんな童貞野郎にそんな度胸はないだろうけど。


「声が好きです。あなたの言葉一つ一つがこの世界の美しさを僕に教えてくれます」

「はぁ……?」


なにその痛い告白。ウケるんですけど。てか、もう面倒だし断っていいよね? 撮影も近いし、付き合ってるイケメン俳優とのデートもあるし。こんなやつ相手にしてる場合じゃないわ。


「気持ちは嬉しいんだけど、ごめんなさい。私、付き合ってる人がいるので……」

「そう……ですか。ごめんなさい。知らないで告白しちゃって」

「それじゃあ、私、行きますね。あと、迷惑なのでもう告白しないでください。大体、あなたなんかが私と付き合えるわけないでしょ」


最後の最後につい本音が漏れてしまった。


閉じられた瞼から涙が溢れるのを見た。何も、思わなかった。強いて言うならば、ずっと目を瞑っていたことが疑問に残る程度であった。


ま、私の美しさが眩しすぎたのよね。わかるわかるっ。


ガサッ。


不穏に草木が揺れた。


「……?」


***


「いいねぇ萌音ちゃんっ。今日も可愛いよぉ!」

「ありがとうございますっ」

「流石は大人気モデル、箔が違うねぇ」

「いやぁ、そんなぁ……」


適当に相槌を打ちながら周囲の声を聞く。今日の撮影場所は人通りの多い駅前。通り過ぎる誰もが私を見ている。


「ねぇ、あの人噂の宮崎萌音ちゃんだよね?」

「そうそう、めっちゃ可愛いな」

「ちょっと、何彼女の前で鼻の下伸ばしてるのっ」

「すまんすまん。つい」


ふんふん。


「なぁ見ろよ。あのスタイルと顔。ヤバくね?」

「あぁヤベェ。俺ならワンチャン行けるか?」

「アホか。俺でやっと行けるくらいだ」


どっちも行けないわよ。


やっぱり、人生チョロいわね。ちょっと運が良かっただけでこんなに楽しいんだもん。


撮影が終わって、モデル仲間と話す。


「萌音ちゃん、今日ご飯食べに行かない?」

「えー嬉しいっ! でも、ごめんなさい……今日はちょっと秋来くんと予定があって……」

「…….秋来ってあの有名イケメン俳優のっ!? 付き合ってるの!?」

「まさか、そんなわけないですよー」

「でも、デートするほどの仲なんでしょ? 流石大人気モデルだね」

「ありがとうございますっ」


有象無象のモデルたちと会話を済ませて、私は鏡でメイクを整えて、秋来くんとの待ち合わせ場所へ。


「ごめんなさいっ、待った?」

「今来たとこだよ」

「よかったっ。ちょっと撮影が長引いちゃって……本当は私が待つくらいのつもりだったのに……」

「いやいや、それなら長引いてよかったよ。女の子を待たせるなんて最悪だから」

「ありがとうっ。それじゃあ、行こっか!」

「うん!」


流石イケメン。あの告白してきた……名前、なんだっけ……隠キャくんとは風格が違う。


秋来にリードされる形で一日を終えた。


「今日はありがとう」

「こちらこそ楽しかったよっ、ありがとっ」


私みたいな高校生が来るわけもない高級料理店の一角でロマンチックに美男美女。あーあ、こんな経験一般人には到底できないんだろうなー。


「それでさ……うん。今日一日一緒にいてわかった。俺は萌音のことが好きだ」

「……えっ」


口元を抑えて、サプライズに喜ぶふり。はっきり言って告白されるのは予想されていた。


「萌音はどう?」

「……私も、今日一緒にいて思った。秋来くん……いや、亮介と一緒にいるのすごく楽しい。私も、亮介のこと。好き」

「ありがとう……これ、ささやかなものだけど」


渡された箱を開ければお高そうなネックレス。


「すごくかわいいっ! 亮介って、かっこいいし、気遣いもできるし、センスもあるし、私、世界一の幸せ者だなぁ」


亮介の満足そうな顔。誰もが羨む女を自分のものにできた優越感が丸見えだった。


とはいえ、それは私にも言えることだ。


そんなことはどうでも良いわっ。今はこの幸福を噛み締めましょうっ。


***


そうして幸せな日々を送った一週間後。


「今日もありがとうっ。こんな高いプレゼント……」

「いいんだよ、萌音の喜ぶ顔が見たくてやってるんだ」

「えへへ……はぁ、帰りたくないなぁ」

「俺もだよ」

「でも成人するまでの我慢だからね……またね! 亮介」

「うん、またね。萌音」


はぁ。やっぱ人生イージーゲームね。クラスで亮介と付き合ってることを聞かれた時の優越感は忘れない。


ピコンっ


誰からかなっ


横断歩道前、突如来たメッセージ。スマホから視線を逸らさない。メッセージを返し終わって視線を上げる。


信号は、赤色だった。


気づいた時にはもう遅い。


劈くようなクラクションとブレーキ音。振り向くまもなく私は宙を舞った。


目が覚めると病院だった。


近くには啜り泣く家族の姿。


少しでも体を動かすと、嘘のような激痛が私を襲う。体のあちこちが包帯だらけで、綺麗な肌にもアザがいくつも見られる。


ちょっと……こんなアザ。もう半袖も着れないじゃない……


私は一つの重要な問題から目を逸らし続けた。直に医者と看護師がやってくる。


「良かった。一植物状態になってもおかしくない重体でしたから。あぁ、無理に喋らなくて大丈夫です。痛いでしょうから」


必死に口を動かそうにも包帯に遮られる。それから事故の経緯などを説明される。ドライブレコーダーなどの証拠から、私が信号無視をしていたのは明らかだったそうだ。


まぁ仕方ないわね……それでも、車と人の事故では少なからず車にも非があると聞いているわ……


「それと、最後に一つ。宮崎さんには辛い現実でしょうが、受け入れるほかないでしょう」


包帯が剥がされた。


取り出された一枚の鏡。

















嗚咽がこの病室を支配する。


異常なまでの手術痕、髪もまばらに、輪郭はでこぼこ。目は開いているのかさえわからない。


ちょっと待て、何この顔。え。なんで、こんなに顔が壊れてちゃ、もうモデル業どころか、学校にだって行けない。








え?



私、これからどうなるの?



りょ、亮介は? 見舞いにはきてないのね。良かった。こんな顔見られたら……


「姉貴、これ。亮介って人が」


み、みられてた、の? 私のこと、捨てないよね? だって、あんなに……あんなに……あれ、亮介と私って、なにかしてたっけ?


思い返そうと思っても、たいした記憶は残っていなかった。


弟に渡された手紙。霞む視界で必死に読む。


『この手紙を読んでるってことは目が覚めたってことだよね。そんなに話すこともないから、単刀直入に言うけど、別れよう。美しくない萌音なんて、俺にとってはなんの価値もない。今まで私だプレゼントは退院祝いだとでも思ってよ。お大事に』


声にならない悲痛な叫びが病室を支配する。亮介に振られたことが悲しいのではない。自分には顔以外何の取り柄もないこと。その事実が突きつけられ、今の自分の必要性というものがわからなくなってしまった。


これから私はどうすればいいのか。モデル業は勿論退くことになるし、そもそも勉強もまともにやってない私は進学できるのかも怪しい。


現状から暗すぎる未来まで見ての叫びだ。


「お、落ち着いてよ姉貴」


弟以外とはモデル業を三年次も続行するかしないかで大喧嘩してから話すらしていない。


「せ、整形っ、整形したら治らないんですか!?」

「……」


深刻な顔。


「残念ですが、すでに限界まで施してあります」


冷徹。医者としては優れた判断、私にとってはあまりに残酷な宣告だった。


ピコンっ。


場違いな通知音。弟が私を見る。


「……見せて」

「でも……」

「いいからッッッ」

「……後悔すんなよ」


そのメッセージはモデル仲間のものだった。


『大丈夫? 事故にあったんだってね。綺麗な顔が台無しになってるの見たよ笑 大丈夫だって、整形すればなんとかなるからさっ』


まさかこの病室にわざわざ来たとは思えない。


「亮介って人が姉貴の顔、写真撮ってたよ……」


全てを察した。この経緯だけでなく。全てを。


流れた涙でさえ、私に痛みを押し付けた。これは夢ではないのだと、痛感させるために。


***


壮絶なリハビリの末、私は日常生活に支障がないまでに回復した。


医者は本来歩けなくてもおかしくない怪我だったと言う。


「たとえ、歩けなかったとしても、顔がこんなんじゃないほうが……ないほうがっ……!」


ひび割れた自前の鏡にヒビを増やす。


綺麗な鏡であればあるほどに、私の醜さが鮮明に映る。


その醜さを結局変えることができぬままに学校へ。


たくさんのメッセージは届いていたが、あの女の一件で私はメッセージを見るのが怖くなっていた。


通り過ぎる人々誰もが私を見る。マスクで隠していてもその壮絶な顔は隠せやしなかった。


ヒソヒソ話から身を守るためにイヤホンを差して、自分の惨めさに心が破壊される。


学校に着く。男は誰一人目を合わせることすらせず、沢山いたはずの女友達は憐れむような視線を向けるだけ。


「も、萌音ちゃん、大丈夫だった?」

「かほ……ぅん、うん、大丈夫だったよ゛」

「また、一緒に遊ぼうねっ」


少し光が見えたような気がした。こんな私にも顔以外で作れた友達がいたのだと。まだ、少しは魅力が私にあるのではないかと。


「ふふっ、ざまぁないわね」

「……え?」

「今まで顔が良いからってみんなにチヤホヤされて生きてきてさ」

「ちょ、ちょっとやめなよ」


慌ててかほが止めに入るけど、その子は止まらなかった。


「どう? 顔がボロボロになって、男からも相手されなくなって? 自分に顔以外なんの価値もないことに気づいた?」

「……そんなこと、とっくに気づいてる」

「あら、だったらなんで学校に来たのよ。心のどこかで思ってたんじゃないの? 誰かが受け入れてくれるんじゃないかって」

「……」


図星だった。


「わ、私がいるよ萌音ちゃん」

「かほ……ありがとう。でも、大丈夫。少し、席を外すね」

「萌音ちゃん……」


逃げ込んだトイレで必死に泣き声を抑える。


「うぅ……うっ、ぐずっ……うぇ」


ひとしきり泣いた後、ホームルーム直前になるまでトイレに隠れていた。しかし、時間は無常にも突き進む。


それに対して私の足は鉛のように重かった。


教室前、ドアが開けられないでいた。すると下品な笑い声が聞こえてきた。


「か、かほっ。ほんとにあんな顔面性格お化けの友達してあげるのっ?」

「まさかっ! そんなわけないよ。でも、元はモデルだからたくさんお金持ってそうじゃん?」

「うはっ、ウチより最低じゃんっ!」

「そんなことないよっ。いくら私でも面と向かってあんなこと言わないよ」

「だからタチ悪いんじゃん」

「「アハハハハハハハハッッッ!」」


空っぽの胃袋じゃ。何も吐き出すことができなくて。ひたすらに気持ちの悪い感情だけが、全身に回っていく。


今はどうにかこの感情を吐き捨てたくて、捨て場所を求めた。


***


皮肉な程に快晴だった。


青い青い空。


果てしなく広がる空の下に今は私一人。屋上にしては少し低い柵に手をかける。真下にはコンクリートの灰色が見えた。少し気が楽になった。


同時にストッパーが外れたのか抑えていたぶんの涙が溢れ出す。


「うあっ! うぅ……うぐっ……ひっぐっ……うあ゛ぁぁぁぁッッ」


どれほど泣いたかわからない。以前は泣くと目が腫れてしまうときにしていたが、今やそんな心配はない。


「来世がありませんように」


柵を乗り越えたその時だった。


「待ってくださいっ」

「だれっ!?」


誰もいないはずの屋上。扉が開いた音もしなかった。


「宮崎萌音さん、ですよね」

「アンタは……」


記憶を掘り返すと私がここ最近で一番貶した人物だった。なんて言われるかわからない。言われても仕方がない。


でも聞きたくない。


早く空へ行こう。


そう思ったはずなのに、


「声に前のような生き生きさがないですよ? なにか嫌なことでもありましたか?」

「嫌なことなんてレベルじゃないッッッ! どれだけ、どれだけこの数ヶ月間で私がッッ──


果てしない愚痴が続いた。嫌な顔ひとつせず聞いてくれる男なんて、久しぶりだった。


「──あったのよッ!」

「それは大変だったでしょう」

「大変なんてもんじゃ…….って、アンタは私の顔見ても何も思わないの?」


嫌な顔せず聞いてくれる男。今更に気づいた。


「顔? あぁ、僕にはあるのかないのかもわかりませんから」


恥ずかしそうに頭を掻く男。よくよく考えればずっと目を瞑っていた。告白の時も、勿論今も。


「……私、これからどうなるの」

「僕にはわかりません。でも、大丈夫ですよ。それだけ嫌なことがあっても、あなたは誰も傷つけなかった。強い人だ」

「事故に遭う前は散々人を傷つけたよ……アンタだって……」

「そんなこと忘れました。大事なのは今と未来です。今何をして、これからどうなるのか、じゃないですか?」

「……そうかな」

「そうですよっ!」

「私、生きてていいのかな?」

「当たり前ですっ!」

「ねぇ……アンタがよかったらなんだけどさ私と──「空くんっ!何してるのホームルーム始まっちゃうよ!」



──え?


「あれ、萌音ちゃんもこんなところにいたの? 探してたんだよ?」


再び吐き気が舞い戻る。


「早く戻ってきてね! ほら空くんっ! 行くよっ!」

「ちょっ、引っ張らないでくださいよかほさん! それに、む、胸があたって……」

「あててるのっ! 萌音ちゃんも早く戻ってきなよ!」


一人屋上に取り残された私。


「あぁ。そういうことね。さよなら、醜い私」


最後の視界は灰色だった。


















私は空くんと一緒に階段を降りながら話す。



「ふふっ、空くんも中々酷いことするねっ」

「かほさんほどじゃないですよ」

「えー! みんなそう言うの、なんでよー」

「だって、ほとんどかほさんの作戦じゃないですか」

「まさか、ここまで上手くいくとは思わなかったけどね」


横断歩道前、メッセージを送ったのは私だ。まさかあんなにら思い通りに轢かれるとは思わなかったけど。


あえて教室内で自分の本性を明かしたのも、宮崎らしき人影が確認できたからであって、確証はなかった。


「それに、こっぴどく空くんが振られているのを見れたのも幸運だったよ」

「ひどくないですかそれ。人が振られたのを幸運って」

「でも実際そのおかげで空くんと手が組めたんだからいーじゃん」

「……そうですけど」


空くんも聖人君子じゃない。あれだけ言われれば腹を立てるのも当然だった。


「ずっと気になってたんですけど」

「ん?」

「かほさんはなんでぞんなに宮崎さんのこと恨んでたんですか?」

「あー……それは。ま、空くんなら言ってもいいか」


一瞬悩んだ私は目を瞑って過去を思い出す。


***


私のお父さんは芸能界のアシスタントをしている。勿論その業界で働いていればまだ無名の宮崎と仕事を共にすることもあった。


家に帰るなり度々宮崎の話をした。とんでもない大物だと。あれは大きくなると。お酒を飲みながら豪語する父の様子を忘れることはない。


私たち一家は幸せだった。


でもお父さんは急に捕まった。


なんでもあ宮崎萌音に無理やり襲いかかったのだと言う。そんなわけないと一瞬で分かった。母も姉も必死に否定したが、結局覆ることはなかった。


莫大な賠償金などを背負い、ましてや父親をも失ったも同然だった。


仮にも二人の娘がいる母は、身を粉にして働くが到底足りるわけもなく、夜の街で必死に働いた。


そして病気にかかって死んだ。


姉も大丈夫だと。私がなんとかするのだと、そう言って大学をやめ、母と同じ道を進んだ。


一人残された私ごとれる選択肢なんて一つしかなかった。


何十歳も歳の離れた男とするのは嫌で嫌で仕方がなかったけど、それでも生きるために、学校に通うために頑張った。


ある時、宮崎の会話を聞いた。


「え、いいの? こんなに奢ってもらって」

「いいのいいの。これは内緒なんだけどさ。テレビ局の男の人、一人冤罪で捕まえてさ。めっちゃお金入ってきてるんだよね」

「え? そ、そんなことして大丈夫なの?」

「大丈夫大丈夫。もう判決は下ってるし、それから数ヶ月経ってるしっ。大体その男がキモかったのが悪いんだよ。お前は将来でっかくなるとか、バカみたいに言っちゃってさ。お前は下半身でかくしてんじゃねでのかって!」

「そ、そうなんだ」

「そうそう、だからいっぱい買っていいからね!」


***


「……」

「ほら、こんな雰囲気なるから、あんまり話したくなかったんだけどね。今日くらいはそれもいいかな……ふふっ」

「どうしました?」


急に笑い出した私を怖がって空くんが私を見る。でも私はそらくんではなく、後ろの窓を見続けた。


「いや、そろそろかなって」

「……なにが──」


強風で靡く髪、間も無く生々しい落下音。


全身が疼く。


「あはっ!」


これは壮絶な復讐劇だ。

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