9時間目「鬼、コーヒーをぶちまける」
ショッピングモールの中を一周し、モリノの両腕にはいつの間にか大小様々な大きさのショッパーがいくつもぶら下がっていた。本人はウキウキとした様子で鼻歌まで歌っている。可愛いな……。
モリノはいつにない笑顔でショッパーをこちらに見せてきた。
「はぁ~、楽しかった! こんなに買っちゃったよ!」
「本当にすごい量だな、半分持とうか?」
「ううん、自分で持つから大丈夫! アンジュさんは何か買った?」
「いや、私は特に買わなかったな。でもモリノの後をついていくだけで十分楽しめたよ。ありがとうな」
買い物もひと段落した所で、本題のカフェへ行くことにした。モリノを連れていきたかった古民家カフェは、ショッピングモールから歩いて10分くらいの場所にある。
落ち着いた色使いの外観と瓦屋根。所謂「昔の家」のような外観。オーナーさんも親切で優しく、よくお世話になっている。
大きな窓が付いていて、店の中には外の光が差し込んでいて明るい。映えはしないが、ゆっくりと寛げる良い店だ。
少し重たいドアを開けて、カフェの中に足を踏み入れた。軽やかなドアチャイムの音が響く。
「うわ、すごい。本当に古民家なんだね? オシャレな雰囲気」
「だろ? 休みの日はここで本を読んだりするんだよ。……ああ、オーナー。こんにちは、今日は友達も一緒なんです」
青い肌をした鬼のおじ様が店の奥から顔を出した。ここのカフェのオーナーさんだ。
「おお〜、アンジュちゃんか。奥の席空いてるから使いなぁ」
モリノに目配せをし、ソファの広々とした席に案内した。飴色の革張りで、肌に吸い付くような感触が心地いい。
「店長さんと仲が良いんだね。なんか、通って感じ!」
「あはは、そんな良いものじゃない。ただお世話になってるだけだ」
ソファに腰掛けて、メニューを開いた。
……開いた所で気がついた。もしかして、人間用のメニューはほとんどないんじゃないか? 慌ててメニューを確認しようとしたが、モリノは既にメニューを眺めていた。
「えっと……どんなメニューがあるのかな? この、『フィンガースティック』ってなんだろ。あ、この『ボーンシュガークッキー』は知ってる! 魚の骨のやつだよね」
まずい。モリノが人間なのは重々知っていたが、人間は何を食べるのか考えていなかった。せっかくだが食べ物はノータッチで、ドリンクメニューのみを提案しよう。
モリノの眺めているメニューをさりげなく裏返し、ドリンクメニューを見せた。
「モリノ! ここのカフェはコーヒーが美味いんだ。メニューの裏側に書いてある」
「わ、本当だ。すごい種類! アンジュさんは何を飲むの?」
「私はもっぱらブレンドコーヒーだな。苦味の中に丁度いい酸味とコクがあって美味いぞ」
「そうなんだ。私は苦いの苦手だからなぁ…… あ、この『ネイルパウダー付き』って言うのは……?」
「あーーーそれは!!! それはその、かなり苦いな。本当に。だから、こっちのカフェモカなんてどうだ? これは甘いぞ」
危ない危ない、モリノにとんでもないものを食べさせる所だった。鬼が経営しているカフェだから、鬼が好むメニューも多い。メニューの内容を知ったら、モリノはきっと二度と口を聞いてくれなくなる……。
オーナーさんを呼び、注文を済ます。メニューが下げられ、ほっと一安心だ。
コーヒーを待つ間、静かな時間が流れている。少し赤くなってきた日に照らされ、モリノの肌が赤く見える。
「──ね、アンジュさんって鬼なの? その、角とか肌の色とかさ」
モリノが小首を傾げながら尋ねてきた。少し心臓の鼓動が早くなる。
「……ああ、敢えて言うのなら鬼だな。人間にとっちゃ鬼は怖いだろ?」
少しおどけてみせたが、内心は否定して欲しいと思っていた。そういう心の弱さを、私は持っている。モリノの優しさを確認しようとしている。
「そりゃあ、鬼は怖いよ。でも、アンジュさんなら大丈夫かなって思ってる。こんなに優しくて頼れるんだもん。……あと、ちょっとかわいい」
ふふっ微笑まれ、顔がボッと熱くなる。か、かわいい。私はカワイイのか? よ、よく分からない。かっこよくしたかったのだが。
感情が右往左往しているうちに、オーナーさんがコーヒーを持ってきてくれた。
「待たせたね〜、美味しく淹れられたよ。こっちがアンジュちゃんので…… お嬢さんはこっちだねぇ」
私とモリノの前にシンプルなデザインのコーヒーカップが置かれた。モリノは目をキラキラさせて香りを楽しんでいる。喜んでくれたようで良かった。
「ありがとうございます。……うん、今日も美味しいです」
「ああ、ゆっくりしていって欲しい。……で、アンジュちゃん。こちらの子は、この前言っていた、人間の好きな子かね?」
「ンッッッブ!? ゲホッゲッホ!!」
思わず口の中に入っていたコーヒーが全て吹き出た。相談したことはあったが、とんでもない事をバラしてくれたもんだな!?
思わず立ち上がり、オーナーさんに噛みつく勢いで叫ぶ。
「な、な、な! 何を!! オーナーさん、違います! 彼女はただの友人です! いえ、友人の中でも親しくはなりたいですが、けけけ決して好きなどという個人的な感情は持ち合わせていません!!!」
「ちょっとアンジュさん!? うわわっ、コーヒー零れちゃうよ! ハンカチ貸すから拭いて!」
***
オーナーさんに見送られながら、カフェを後にする。
「ああ、美味しかった。素敵なお店だった! ありがとね」
「こちらこそ、その…… みっともない場面を見せてしまって申し訳ない。モリノが楽しんでくれたなら何よりだ」
帰り道の方角は途中まで同じらしい。モリノを送り届ける……もとい、一緒に帰る。今日1日楽しかったけれど、こういう何気ない時間が一番寂しくて尊いな、なんて。
夕焼けに照らされながら道を歩いていると、モリノが袖を引っ張ってきた。
「ねえ、アンジュさん。私、さっき『アンジュさんは鬼ですか?』って聞いたじゃん。どうして聞いたと思う?」
「え? ……単純に、気になったからじゃないのか?」
私の返答を聞いたモリノはいたずらっぽく笑うと、小さなショッパーを私に差し出した。……え? 受け取っていいのか?
「はい、これ! アンジュさんにプレゼント~! 中身はなんじゃろな~?」
ゆっくりとそれを受け取り、ショッパーの中身を取り出した。手のひらサイズの何かが、レース生地の布でラッピングされている。あまりこういったものを受け取る機会がないので、どうしていいかわからない。モリノを見ると、ニヨニヨと私の反応をうかがっている。
リボンを緩め、中の物を手のひらに出す。ころん、と大き目の金色のリングが手の上で転がった。
「あ、これは……」
「今日の最初のお店で見たやつだよ。アンジュさんは似合わないって言ってたけど、私には似合って見えたから買っちゃった! 鬼用って書いてあったから一応聞いたの」
固まってしまった。まさか、こんなものを貰うとは思っていなかった。夕日の中のリングは、店の中で見たものよりも鮮やかに輝いて見えた。
「……あ、ありがとう」
「ううん! 気に入ってくれたら嬉しいけど……」
「も、もちろん! なんならつけて帰るぞ! ……大事にするよ。ありがとうな」
その場で装着すると、モリノは笑って『良かったぁ』とつぶやいた。
こんなものを貰っては、大事にするしかないだろう。どっちも。
***
次の登校日、私の元に一番に駆けつけてきたのは、なんとモリノ──ではなく、カラオだった。
授業の支度をしながら雑談する。
「ねぇねぇ、どうだったよ!? 作戦はうまくいったのかね?」
「おはようカラオ。結果だけ言うとな…… リングを貰った」
たっぷりためてから言うと、カラオはひっくり返ったような大声で叫んだ。
「っええーーーー!!? けけ、け、結婚ですかぁ!?」
「ふ、バカ言え。ツノ用のアクセサリーだよ。もちろんショッピングもカフェも楽しめたし、良い1日だったぞ」
カラオはなーんだ、と言って胸をなでおろした。
「あー、びっくりした。もう、ややこしい言い方しちゃってさ。……で、できたの? 告白は」
思わず、教科書を机に叩きつけた。スパーン! と良い音が教室を駆け抜ける。
「バッ、バカバカバカ!! 何言ってんだって! そーいうのじゃないって何回も言ってるだろうが!!」
「あーあ、教科書破けちゃうよ~? さすがに告白は無理ってことね~」
カラオに詰め寄っていると、モリノが教室のドアを開けて入ってきた。カラオがモリノの元へ向かい、一人取り残される。
少しくしゃくしゃになってしまった教科書を伸ばしながら、何事もなかった振りをする。カラオが茶化すから、素直にモリノを見ることができなくなるんだ。ため息を吐く。
「おはよー。朝からため息なんて、何かあった?」
顔を上げると、そこにはモリノがいた。デートの時に買った服を着ている。ふわりとした生地が、華奢な体に似合っていて可愛い。
「お、おはよう、モリノ。その服、その。似合って──」
「オッハヨ~! その服、新しくなイ!? チョー可愛いネ!」
ぴょんぴょん飛び跳ねるようなこの声は。せっかくモリノと話せそうだったのに……。
「あ、おはよう
「このフリフリ、かわいい~! 今度来蕾に貸して?」
「アンタすぐ汚すじゃん! モリノちゃん、今度アタシと服交換とかしよ!」
目の前でわちゃわちゃと騒ぐ4人を見て、まあ、こういうのも悪くはないか……。と、気持ちの落としどころをうまく作った。
人外女子高に転入することになった人間ですが、なぜかめちゃくちゃモテるみたいです。 みつばち @mitsubachi-8
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