熱狂のプロバビリティー
真斗崎摩耶
第1話 タマを賭けた戦い
一万札・・・・・・福沢諭吉、諭吉ちゃん、呼び名はなんでもいい。今日も俺は価値のあるそれを玉に換える。
「お〜、溶けた溶けた。ポチっとな」
玉貸しと書かれたそのボタンを押し込み、欠けた箇所が一つとして見つからない美しい球体の数々が電光を反射し姿を現す。
銀色に輝くそれらを長方形の箱に入れ、俺はベットする資格を得た。右から4番目の台に玉を入れ、台の中で眠るリールを回す資格を・・・・・・成功と失敗の狭間を行き来するこの瞬間を推しとともに味わうことが許された。
「ならば回すしかないだろう!」
両端の7、未だわからぬ中央に自らができる最大限の努力である祈りを捧げ、そのときをジッと待つ。
「いざ行かん! 激アツの世界へ!」
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2035年12月25日、渋川一番地区。
その男は齢14の身でありながら、パチンコ店の前に座り、手中に収めた銀の玉を弄ぶ。
その視線は70階は優に超えているであろう高層ビルに取り付けられた巨大なデジタルサイネージを眺めていた。
巨大な交差点を渡る民衆のほとんども食い入るように見つめるその先には、先行配信の番組が流されていた。
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『さあ
実況者が勢いよく手を差し出した方向に画面が切り替わる。
そこは恐らく東京ドームを遥かに超えることが容易に想像できる規模のドーム内。有り余るスポットライトがステージを照らすとともに光り輝く道のりの入り口から美少女が意気揚々と歩いて登場した。
大いに膨らんだ胸元を包む青いブレザーの制服と膝まで届くスカートを履いた今の時代では少し珍しい清楚然とした黒髪ロングの正統派美少女。
『魔力を流せる部位は指のみと、かなり戦い方が限定される特異体質を背負いながらも、瞬く間に創り上げられる彼女の軍勢を誰も止められなかった。故に彼女の"
人呼んで"
ヒートアップする会場、湧き上がる歓声、鳴り響く指笛の数々、映像の向こう側に通行人の誰もが意識を割き胸を躍らせる中、俺一人だけが熱くなれないでいた。言うなれば、サウナの側に設置された水風呂のように冷めた心で俺はただ、彼女の"勝率を見ていた"。
4%
「縁起悪りぃ」
彼女の頭上に現れる確率、俺と親父だけが見れる世界、それは当然万人に理解されることはなく、誰もが思考回路をフルで回し、一挙手一投足に一喜一憂するはずの"
スマホの画面に並べられた黒髪美少女こと御書一希と片眼隠れの銀髪イケメンの写真。その下にはそれぞれオッズが表示されており、僅かに一希のオッズが低く、二人の実力が拮抗しつつも一希が優勢であることがわかる。
それでもなお、迷うことなく合理的に動いた指は、片手間でスマホの画面を弄り、最大に高めた賭け金で銀髪のイケメンに賭けていた。
そのとき、パチンコ店の自動ドアが開くとともに、泣き黒子が涙で覆われ、両手いっぱいの景品を抱えた三つ編み黒髪サイドテールの色男が現れた。
「よう兄貴。その様子じゃあまた外したな?」
「どぼじてだよォ!」
「相変わらず、無駄な時間をかけるな〜。右から三番目の台が一番当たると事前に教えた筈だろ?」
「それでも俺は一希ちゃんの台で打ちたかったんだよォ! そんで一希ちゃんの台で一発当てたかった!」
先程デジタルサイネージで拝見した黒髪美少女に熱を上げ、膝を折ってまで落ち込んでみせる姿に軽く引いた。
わざわざ打ちたい台をギリギリまで体験した上で、当たり台で元以上の玉を取り戻した兄にこれ以上ないほどに引いた。最初から当たり台を使っていればもっと稼げたにも関わらず、それを不意にする推しへの愛の深さに鳥肌が立った。
腕を火が出るのではないかというほど摩り、気を取り直して帰路に着いた。
「はいはい、家に帰るぞ兄貴。お気に入りの一希ちゃんの録画が待ってるぜ」
「よし! 行くぞ
「はいはい・・・・・・んとにキモいなぁ」
オタクという人種を理解できる日はまだまだ遠そうだ。
普段の身体能力なら絶対に俺に勝てないはずの兄貴が重い景品を抱えながら俺を置いていくほどの速度で走っていく。趣味の力は偉大らしい。夢中になれるものは人を強くすることを兄の背を見ながら実感した。
デジタルサイネージの先では、黒髪美少女と銀髪イケメンの戦いが幕を開けていた。ときに仕掛け、ときに守り、ときに退く、その一連の攻防を二人は自信に溢れた笑みを携え、高揚する心境を表すように戦闘はより過激さを増していきながらも、そこには並々ならぬ想いが込められていた。
『『私(僕)が勝つ!』』
雌雄を決する戦いから目を逸らし、眩しさを感じるほどに明るい兄の背を見れず、ふと地面に視線を落とした。
「夢中ってなんなんだろうな」
効率的な現実の中で生きてきた自身が今だけは堪らなく憎いと思った。
ありふれた人生を送れなかったからといって幸福が無い訳ではない。ただ、送るはずだったそれらの存在が疎外感となって俺の中に根差している。自然と手に入れた疎外感という代償の成果を数える。
父になれなかった。(ならなかった)。母の巣になれなかった。(ならなかった)。兄に苦しむ自分を気付かれた。(気付かせた)。
「キモ」
カッコつけようと敢えてそうした自分を想像した。それは却って酷く醜悪で、無駄で、卑怯で、傲慢で、怠惰で、妥協すら認められない凡夫以下の存在だった。
そう考えると今の俺はマシだろうとそう思った。手に入れた才能を隠すのは暗殺者やスパイの仕事だ。意味なく隠すそれは下らない悲劇を生む。それがどんな物語を紡ぐのかを想像し始めて俺は吐き気がした。
求められた力を隠し、自分の思うがままに行使し、身勝手な暴論の末に力でそれを強行する。求められてもいないのに・・・・・・。仮にそれが顔だけは良い誰かに唆されて行使されていたならば、その誰かに使われる力に振り回される自分が出来上がる。
「排泄物にすら劣る害虫の上位互換だな」
12%
それが完成する確率が僅かに存在するという恐怖の事実をエネルギーに胃の中で吐瀉物の生産が開始された。
「お〜い、抗生ぃ!」
「あ」
気が付けば、古アパートの二階奥で兄貴が手を振っていた。思考に意識を割かれてたとしても慣れた道を間違えるはずもなく、いつの間にか錆び付いたアパートの前に帰って来ていた。
「はいはい、今行く」
いつもの生返事とともに、階段を登る。今日も意味のない一日を過ごしたことに一抹の不快感を覚えつつもそれをすぐに忘れ、二階端の部屋へ向かう。そこにはいつも通りに
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アイデンティティが欲しかった。自分だけの能力、自分だけにできることを増やしたくて、俺は親父の後継者になることを拒み、持って生まれた才能を腐らせた。
だが、それと引き換えに俺は感情を手に入れた。
母が求めた父、この小さなアパートに物心ついたときから一度も帰って来なかった父、現役天士の自己研鑽という尤もらしい言い訳の手紙を寄越す父・・・・・・母はそんな父に縋りたかった。
故に作ろうとした。どんぐりの背比べであろうとも父よりも魔力量が多かった俺、父と同じ確率を見る目を持った俺・・・・・・父よりも強く、父よりも優れた存在を作ることで、持て余した服従欲とも呼べる悍ましいそれを発露したかったのだろう。
小1の夏からはじまった。春頃に入学式を共にした少年少女に別れを告げる暇もなく、母の実家(名家の分家)に兄共々連れられた。
失敗しても絶望感に苛まれることは許されず、ひたすら前に進むことを求められた。才能の効率的な運用方法は確率が知っていたため、それが出来た。
しかし、俺に親父と同じ魔力属性は宿っていなかった。遺伝子的な面から見れば希望はあったのかもしれない。それでも魔力属性は火、水、木、金、土、日、月の七種類も存在する。俺は七分の一の壁を越えることができず、父の日属性とは違い、弱体化に特化した魔力属性である月を宿していた。
そのことに人知れず俺は安堵したが、母は変わらず俺に親父の魔法を教えようとした。本来なら自身の魔力属性に適さない魔法を身につけることは難しい。例え、身につけることができたとしても貴重な"
誰にも求められない存在になることだけはごめんだった。
だから、俺は母に逆らって、父の魔法と対を成す魔法を習得することを選んだ。
最初で最後の意地だった。けれど、その意地が母を行方不明にし、結果的に兄貴と苦しい家計で生活することになった。
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「抗生、お前高校はどうする気だ?」
兄貴はドラマに出てくるありきたりな父親のような台詞を真剣な表情で一希ちゃんが出演するマニキュアのCMを巻き戻し再生しながらそう言った。
狭い部屋の畳の上に置かれたちゃぶ台と、安物の食器がよりそれっぽさを引き立てていた。
「天能こそ無いが、魔法は一応使える。適当な公立の天士養成学校系列の高校を卒業して、天士になる」
会話に一区切りつけて、変わらない味の味噌汁の香りを楽しんだのちに一口を注ぎ、コクのある旨みが広がる。それを忘れないうちに水道代をケチるために水を少なめで炊いた少し固い白ご飯をひとつまみ頬張り、口に残る僅かな味噌汁を染み込ませて、舌で踊るそれは瞬く間に柔らかさが宿り、ようやく軽く食んでホロリと溶ける感触を深く味わう。
「ほうほう、なかなかいい人生設計じゃないか」
兄貴は味噌汁の器に白ご飯を入れて掻き込んだのち、テレビのリモコンを操作し、録画の再生リストから一つの録画をピックアップする。
『私の指に酔いしれて』
その録画は先程デジタルサイネージで覗いたドーム内で当然のように一希ちゃんが出演する天矛学園の宣伝CMだった。
度重なる一希ちゃんCMと募らせたフラストレーションが口先に悪態という名の棘を構えさせた。
「そんで税金をたんまり貰って私服を肥やす」
吐いた棘を受け止めた兄貴は、大好きな一希ちゃんCMをテレビの電源ごと切ったのち、ちゃぶ台を回り込んで拳を振り被った。
「こォんの・・・・・・クソ戯けがァ!」
そして、振り下ろされる右の拳に空いた左手を向けて黒い魔力を込める。
「ダウンテイカー!」
放たれた黒い魔力は瞬く間に兄貴の身を包み、俺の視界内でその効果のほどを示した。
10%
命中した対象のあらゆる能力全般を10%低下させる魔法。名をダウンテイカー。しかし、現役警察学校生の兄貴を止めるには低下させた能力と俺の腕力を加味しても不安が残る。
だから、魔力を左手に流し、簡易的な身体強化を行わなければ、兄の右ストレートを止められないため、そうした。
ガチッ!
「自衛のために魔法と魔力を使いやがって! そんなに自分が大切か? 唯一の家族である俺の愛の拳を受けることができないのか?」
魔力の籠っていない拳を、受け止めた俺の手から離した兄貴は悲しげな表情でそう言った。
「全力の籠っていない拳のどこに愛があるんだよ。それに親父もお袋も死んでねえだろ」
「ああ、未だに惨めったらしく生き残っている俺たちの汚点だ」
「俺"たち"ではないだろ。少なくとも俺はそう思っている」
「じゃあお前を夫の代わりに仕立て上げようとしたあの女が、自分の家族であると胸張って言えんのかよ!」
「血の繋がりがある以上、俺たちがあのヤンデレと凡人の息子であることは変わりようがない事実だろうが!」
ぶつかり合う論争に最早意味はなくなった。それを互いに察し、額に青筋を浮かべた兄貴は親指で玄関のドアの更に先を差し、残った味噌汁を一息に飲み干すとその方向へ向かった。
「上等! 兄が必ず弟に勝てると思ったら大間違いだ」
箸を揃え、食器棚から取り出したラップで白ご飯と味噌汁の器を覆ったのち、冷蔵庫の電源を入れて中に放り込む。そうしてやっと俺は兄の後を追った。
アパートの階段を青コーナーから入場するボクシング選手のような心境で降りる俺に兄は仁王立ちの体勢で(なぜか既に汗をかいて)アパートの住人と待っていた。
「成貞抗生、入ッ場!」
「「「フゥゥゥゥ!」」」
101号室のメタボ
「遅え! 兄との喧嘩の最中にどんだけ準備に時間かけてんだ!? ビビり散らしてしょんべんでもちびったか!? パンツ替えてたのか? だとしたら今日の洗濯物はお前が干せよ? 俺お前の漏らしたパンツ触るの嫌だからな!」
早口で捲し立てる兄の前で俺は軽い準備運動をしながら悪態を紡ぐ。
「そういう兄貴は随分と速足だったじゃねえか。収入少な過ぎてとうとうトイレの水道代もケチり始めたか?」
煽りとウォーミングアップを兼ねて、腰を回す。
「そうだよ! 収入はあるが、金足りな過ぎて公園のトイレ借りに行ったんだよ!」
肯定して欲しくなかったと思いながら伸びをする。
「
「おう! 俺が勝つところ見ててくれよ
優しい声音で兄を応援する鬼婆こと104号室の
「さて、いつでもいいぜ兄貴。今日も勝つ!」
「兄として二連勝はやれねえなぁ」
互いに腰を落とし拳を構える。距離は1mいくかいかないか程度、深呼吸することもなく全身に意識を集中する。
集中する・・・・・・集中・・・・・・しゅうちゅう
「「・・・・・・メタボ健診漢早く合図しろォ!」」
「ええ! 二人とも酷くない!?」
福夜花さんの嘆きがゴングとなって兄は俺の顎に素早いジャブを喰らわせた。
熱狂のプロバビリティー 真斗崎摩耶 @440214
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