sideB

 彼女はいつも、物憂げな感じだった。

 一緒にいても、どこか遠くを見ているような……


 彼女は僕といて、楽しいのだろうか?

 僕は、あるとき彼女に聞いた。


「どこか、行きたい所ある?」


「海が見たいな…」


 彼女がぽつりとつぶやいた。

 僕は、彼女を助手席に乗せ、車を走らせた。


 二時間ほど走ると、見覚えのある街並みが広がってきた。

 僕が知っている中で、一番好きな海の景色がある場所だった。


 彼女の目は、海に釘付けだったけれど僕はまず、彼女を連れて

 海の見えるレストランへと歩き出した。


 彼女はずっと、波音に耳を傾けている。

 僕の話など、耳に入らないくらいのように……


 すぐに海に向かう気になれなくて、僕は彼女を連れて街なかを散策した。

 まだ、人がたくさんいる海岸から賑やかな声が響いてくる。


 やがて、夕暮れになり、人影もまばらになった海岸で

 僕と彼女は道路から砂浜におりる階段に座った。

 海からの風が、やけに冷たく感じる。


 不意に彼女が立ち上がり、波打ち際に歩きだした。

 僕は、そんな彼女を、ただ見つめていた。


 金色に光る空と海の景色に、彼女の姿が溶け込んでいく。

 僕は突然、彼女が消えてしまうような不安に襲われた。


「ねぇ!」


 彼女を呼んだ。

 彼女が振り返る。

 その時、強い風が吹いた。


 彼女は両手で、風になびいた髪を押さえ、身をかがめた。


 僕はただ、言いしれぬ不安に、駆け出すと彼女を抱きしめた。

 彼女のぬくもりが、身体に伝わってきて思わずため息がこぼれる。


 彼女の手を取ると、僕は足早に車に戻った。

 その手を、決して離してはいけないと思った。


 帰り道、彼女はずっと、窓の外を見ている。

 あの海岸で、消えてしまいそうな彼女を思わず抱きしめてしまったけれど

 冷えかけた彼女の身体から感じたわずかなぬくもりに

 僕は、決して彼女を離してはいけないと感じた。


 そして、とても愛おしいと感じた。


 僕は、まだ彼女の事を知らないのかもしれない。

 けれど、ずっと側にいたいと、見つめていたいと素直にそう思った。


 海を見ていた午後……

 僕はかけがえのないものを、手に入れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

海をみていた午後 釜瑪秋摩 @flyingaway24

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画