見たくない
只野夢窮
本文
僕の高校の文芸部には、先輩につけられたあだ名で呼び合うというルールがあった。なぜそうなったのかは知らない。僕たちの先輩も、さらにその先輩からあだ名をつけられていた。僕たちも、後輩たちにあだ名をつけた。だから、この陰キャ部活動の紅一点に、よりにもよってサイコバニーだなんて言うあだ名がついているのも、そういうことだ。
彼女の性格は別にサイコパス的でもなんでもなかった。そもそも僕らの代は三人しかいなかった。”フォックス”、”サイコバニー”、そして僕のあだ名は――――いやいや、そんなこと重要じゃないだろう。
僕らが二年生になり、先輩たちが春の文化祭で引退した後、フォックスが部長になった。何のことはない。押しに弱かっただけだ。僕はそもそも部活を掛け持ちしてたし、サイコバニーが「お願い」って頼んだら、フォックスには断れなかった。それだけだ。
フォックスとサイコバニーが付き合い始めたことを知ったのは後輩たちより遅かった。僕は元来、そういった惚れた腫れたには疎いのだ。けれども部活中にも、また昼休みにも、サイコバニーがぺったりとくっついてはフォックスが顔を赤くするのをたまに見かけて、なるほどと思った。サイコバニーは美人だった。だから少しだけ羨ましいと思った。けれども、生徒指導の教員にチクるほど、卑しい人間ではなかった。
たまに地元の文芸誌に寄稿したり、年に二度文集を出したり、僕らの活動はその程度で、たいしてカネのかかることをしているわけでもなかったから部費も乏しくて、そもそも集中して書くなら家のPCを使ったほうが早くて、だから僕らの部活動と言えば夕日の差し込む教室でダベったり、しょうもない議論を戦わせていたりすることが主だった。高校生というのは、ましてや文芸部に入って文章を長々と書いたりするようなやつは、自分が世界で一番賢いと思い込んでいて、それでいて傷つきやすさだけは本当に世界で一番だったりするのだ。けれどもサイコバニーは決してフォックスの言うことを否定することはなかった。
サイコバニーはフォックスをおちょくった。笑った。指さした。からかった。ある時などは胸を押し付けてみたことすらある。けれども、一度も否定はしなかった。
僕らが引退する前の最後の、文化祭に出す文集。乏しい部費で地元の印刷屋に頼んで数十部程度刷った凡作たち。もちろん、文芸部全員に一冊ずつ配られた。フォックスとサイコバニーは共作として恋愛ものを書いていた。違う。こんなの恋愛ものじゃない。彼らの日常をそのまま書き下しただけだ。小説”風”にしただけだ。心の中がもじゃもじゃした。
誰もいなくなった教室で、二人の共作のページだけ千切って捨てた。
見たくない 只野夢窮 @tadano_mukyu
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