怖い話『横断歩道』

寝る犬

横断歩道

 仕事を終えたのは21時過ぎ。


 出張で来た山陰地方のとある街は、駅前通りだというのにほとんどの店がすでに閉まっていた。

 ただ、ところどころコンビニはあるし、街灯もちゃんとついている。

 私はネクタイをカバンにしまって、ナビアプリで今夜のホテルまでの経路を表示した。

 徒歩で12分。

 人通りはほとんどない。

 なにげなくスマホから顔を上げると、車道の真ん中に人影があった。


 どうしたんだろう?


 車の通りが少ないとはいえ、中央分離帯もない道路の真ん中で動く気配もない。

 ギリギリを走りすぎていく車にも反応せずじっとしてる人影に、ちょっとした違和感を感じた。


 まぁ関係ないか。


 スマホに視線を落とすと、ナビはちょうどあの人影のあたりで道路を横断するように指示が出ていた。

 もう一度顔を上げる。

 人影は動かないが、何となく嫌な感じがする。

 私はわざとナビの指示を無視してその横を通り過ぎ、コンビニに入った。

 適当にお弁当と缶ビールを買って表に出る。

 振り返ってみると、さっきの場所にまだ人影があった。

 横断すべき場所を通り過ぎたので、ナビアプリは新しい経路を表示している。

 ナビ通りに進み、少し先でまた道路を渡るよう指示が出たので目で追うと、道路の真ん中にさっきの人影が見えた。

 じっとして動かない。

 動いていないはずなのに、さっきとは別の場所にいる。


 嫌な感じは一気に恐怖となった。


 あれはおかしい。人じゃない。私は目を合わせずにナビを無視して進んだ。

 通り過ぎると、ナビが「ポン」と音を立てる。

 戻ってさっきの人影の場所を横断しろと表示されている。

 どうやらいつの間にかホテルのすぐそばまで来ていたらしい。

 道路の向かい側に目的のホテルの看板を見つけ、スマホをポケットに入れた。

 渡れる歩道はさっきの人影の場所だ。

 でもどうしてもあそこは通りたくない。

 遠回りになるのも構わず、私はそのまま進み続ける。

 新しい街灯が見え、横断歩道が近づいてくると、その歩道の真ん中に、さっきの人影が見えた。

 軽くパニックになる。

 たぶん泣きそうな顔をしていただろう。

 車やトラックが何台か通り過ぎる間、私はその場で立ち尽くしていた。


「見えるんですか?」


 突然声をかけられたのはその時だった。

 振り返る。

 30代前半くらいの女性が立っていた。

 見えるって何が? なんて聞き返す余裕もなかった。

 ただ何度もうなずく。

 すると女性はそっと私の手を握った。


「手を引いてあげましょう。道路を渡りきるまで目をつむっていてください」


 にぎられた手の柔らかさに、私は安心して目をつむる。

 ゆっくりと歩き出した彼女に引かれて、私は道を戻った。

 目をつむっていても、光は何となく感じる。

 街灯の下。横断歩道。通り過ぎる車のヘッドライト。

 ただ女性を信じて手を必死に握り、私は横断歩道を渡り切った。


「……大丈夫でしたね」


 トラックの通り過ぎる音に紛れて、女性のそんな声が聞こえた。

 そっと目を開く。

 不思議なことに女性の姿はなく、握っていたはずの手もそこにはなかった。

 ただ握りしめていた手のひらには、爪の跡がくっきりとついている。

 道路のほうを振り返ると、まだあの人影があった。

 しかし、今までの人影とは違い、それはゆっくりと振り返る。

 人影は先ほどの女性で、私と目が合うと、にんまりと笑った。

 トラックが通り過ぎ、次の瞬間にはもう人影は消えていた。

 私はあわてて目をそらし、ホテルのロビーへと急いだ。


「〇〇さまですね? お待ちしておりました」


 ホテルのコンシェルジュはあからさまにホッとした笑顔で私を迎える。

 最近この辺りでは夜の交通事故が多いので心配していたのだと、彼は鍵を渡してくれた。


「お出かけの場合も、くれぐれもご注意ください。なぜかふらふらと道路を渡って事故にあう方が多いので」


 エレベーターに乗り、自分の部屋へと向かう。

 爪の跡が残る右手を見ていると、道路を渡り切った時に、手を引いてくれた彼女が言った言葉を思い出した。


。大丈夫でしたね」


 トラックの音に紛れていてよく聞こえなかったが、確かに彼女はそう言っていたのだった。


――了

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