冒険者とクロロムダイル

 汚染された湖の前に立つ。後方ではクレラが祈りを捧げながら、魔法を発動した。レニーの体を白いヴェールのようなものが包む。毒から身を守るための魔法だ。


 クロロムダイルは水中にいるためか、姿が見えない。


 カートリッジを雷のものに切り替える。水中の敵は厄介だ。なにせ水の中で有効な物理攻撃や魔法は限られてくる。魔弾も速度が落ちてあまり威力を発揮しない。


 湖ごと干上がらせる魔法とかになれば話が違ってくるが、そんな環境度外視の魔法をいちいち使ってはいられない。


 水中に、クロウ・マグナの先を向ける。


 顔をクレラに向け、互いに頷いてから、魔弾を湖に撃った。


 雷鳴のような音を響かせながら、水しぶきがあがる。


 ハンターのスキル補正は明らかに乗っただろう。無防備な相手への攻撃であれば、与えるダメージを高められる。


「さて、どんなもんかな」


 レニーはカートリッジを火属性のものに切り替えながら、敵を待つ。

 クロロムダイルの鱗は非常に頑丈だ。雷属性もあまり通らない。水から引きずりだして、火属性を叩き込んだほうが効く。


 ぶくぶくと水面に泡立ち、影ができる。そして盛り上がり、巨大なワニが現れた。焦げ茶の刺々しい鱗を持つ、クロロムダイルだ。


 金属のこすれるような咆哮を上げると、レニーはすかさず、その口元に火属性の魔弾を当てた。小さな爆発が口元で起こり、クロロムダイルが怯む。そして、こちらを睨みつけた。


 白い息が漏れているのが視認できる。空気に溶け込み、息をすればするほど、クロロムダイルの息に含まれている毒を吸い込むことになる。


 今回はクレラの魔法のおかげで毒は問題ないのだが。


 顔をそらしたクロロムダイルは大口をあけて、レニーに向ける。毒霧のブレスがレニーに向かってくる。


 毒霧のブレスといっても、強風を伴って放たれるものだ。人体を軽々と吹き飛ばすブレスが、レニーを襲う。


 レニーはホルスターにクロウ・マグナを収め、手のひらをグリップに押し当てる。片刃の剣であるミラージュを地面に突き刺して、踏みとどまった。


 毒に関しては魔力を練って一気に放出することで無力化レジストする準備をしていたが、クレラの魔法がしっかり機能しているおかげでその必要はなさそうだった。かなり強力な毒なのだが、今のところ完全に無効化できているようだ。


 そして、強力な毒を無効化しているということはそれほど長く持つわけではない。


 決着は早々につける必要がある。


 肩に口元を押し当てつつ、鼻で深呼吸をする。それで意識を集中させた。目を凝らして、白い霧の先の標的を見る。


 魔力をクロウ・マグナに馴染ませる。そしてじっくり込めていく。


 レニーは、今までの戦闘で火力を出していたスキルを失った。スキルというのは先天的、後天的にしろ己が得た能力、技術が肉体に刻まれたものだ。その集合体をスキルツリーと呼び、血のように魔力が循環することから、第二の血管とも呼ばれる。


 スキルというのは普通、失うものではない。そして失うということは体の欠損にかなり近い。大げさな話、腕を一本使えなくなったようなものだ。


 それゆえに、戦い方は模索せねばならない。失ったのであれば、あるスキル、知識、己の技量をかき集めてどうにかするしかないのだ。


 魔法の威力は魔力を込められれば込められるほど威力が増す。練れば練るほど、質もあがる。魔力というのは体内で生成される、粘土のように形を変えられるエネルギーだ。


 レニーは普段早撃ちをメインとしており、それに順応したスキルが身についているが、より強力な魔法を意識するのであれば単純な早撃ちに頼るわけにはいかない。


 じっくり杖に魔力を込め、より明確なイメージをし、強固な魔法を生み出す必要がある。


「エンチャント――」


 レニーは十分魔力を練ったことを確認し、ホルスターから素早くクロウ・マグナを引き抜き、魔弾を撃った。


「――マグナム!」


 火球が白い霧を突き抜けて飛んでいく。ブレスが終わりかけていたこともあり、強風は収まりつつあった。その弱まった瞬間を、魔弾が貫いていく。


 ブレスの先、クロロムダイルの口内に火属性の魔弾が当たり、爆発した。続けてクロロムダイルの体内に爆発するものでもあったのか、体内が爆発し、口から火を噴出する。


「――え?」


 狙った通り――いや思っていた以上に威力が出た。

 レニーの持っているスキルにファストドロウというものがある。武器の引き抜きと魔法の発動の間隔が狭いほど、魔法の威力と精度に補正が強くかかる。


 スキルの対象が武器の引き抜きと魔法発動の間隔であるため、レニーの早撃ちにしか意味のないスキルではあるが、武器の引き抜く前・・・・・にいくら準備をしようが、このスキルの真価が問われる「武器の引き抜きと魔法の発動の間隔が狭い」という制約には引っかからない。


 魔力を最大限込めてから早撃ちをすれば、ファストドロウのスキル効果が乗る。魔弾の射手という単純に魔弾の威力を上げるスキルとの相乗効果もあり、威力はかなり上がる。


 ブレスの終わり際を狙ったことで無防備な相手への攻撃に補正をかけるハンターのスキル効果も乗ったはずだ。


 威力が出るように狙いはした。爆発が二段階あったのは予想外だったが。


 クロロムダイルの巨体が倒れ、白目を向く。しばらくもがいていたが、完全に動かなくなった。


「よ、ヨシ」


 まぁ、どれほどスキル効果が乗ったかも、なぜ爆発が二度起こったのかは考えなくともいい。


 討伐できたのなら、それで十分だ。


 レニーは静かにクロウ・マグナをホルスターに収めた。

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