おまけ1:幻の話
冒険者と苦手意識
「相席よろしいでしょうか?」
レニーが酒場で休憩をしていると、柔らかな声がした。目を向けると、修道服を身に纏った女性が立っている。明るい茶髪と瞳を持っており、優しげな雰囲気を持っていた。
「どうぞ」
「失礼いたします」
おそらくソロの冒険者だ。いろんなパーティーに加わってヘルプをしている様子を何度か見ている。
名前は、
「わたくしはクレラ・デロリスです。カットトパーズのソロ冒険者です。よろしくお願いします」
名乗ってくれたので考えなくても良くなった。
「レニー・ユーアーンだ。よろしく」
「存じております。お食事はこれからでしょうか?」
「注文終えて待ってる」
「では、わたくしも」
店員を呼んで食事を頼むクレラ。店員が気を利かせてくれたのか、レニーの食事と共にクレラの食事が届いた。レニーはパスタとサラダと水、クレラはオムレツとパンとミルクだった。
レニーは軽く祈り、クレラはしっかりと祈りを捧げてから食事を始める。
「レニーさんのお噂は兼ね兼ね」
「噂あるの」
「ルビー冒険者ですから」
笑顔を浮かべるクレラ。
等級が高ければ評判など流れるものだろう。噂になるのも、わからなくはない。
「レニーさんにご依頼がありまして」
「なんだい」
「クロロムダイルの討伐です」
レニーは目をそらした。
「……他の冒険者じゃダメなの」
ダメ元で聞くが、クレラは元気よく頷いた。
「準備にとても費用がかかるでしょう? わたくし
クロロムダイル……トパーズ冒険者を二人以上含めたトパーズ級パーティーからでないと討伐依頼は受けられない。そして、被害が報告されることは珍しいものの、トパーズ級パーティーで依頼を受けることはほとんどない。
巨大なワニのような魔物だ。湖に住むことが多く、そこの環境を「汚染」する。
毒を持つワニだ。毒性のある白い息を吐き続け、近接戦闘を続ければしびれや吐き気、頭痛を誘発する。さらに霧状のブレスを吐かれれば、麻痺と共に意識混濁に陥り、その場で死に至る。
対抗手段はあるが、解毒のための道具の購入は必須であるし、クレリックのような回復、解毒、浄化ができるロールでなければ非常時にどうにもならない。息に混じった毒こそ、体内の魔力を外へ押し流せばある程度レジストできるが、ブレスはどうにもならない。
毒耐性のスキルでも持っていなければ恐れずに挑める冒険者は非常に少ないだろう。
環境を汚染するため、優先的に討伐されるべき魔物とされている。しかし、冒険者的には戦いたくないため、国の軍で対応することもある。
「ユニコーンの生息区域のようなので、普通の汚染であれば問題ないのですが、クロロムダイルがいるとなると話は別のようで……」
困り顔でクレラが説明する。
「討伐すれば、わたくしでもその場の浄化は行えますしユニコーンも動きやすくなると思うのです」
ユニコーン。
非常に珍しい魔物だ。馬の額に一本、角が生えた姿というのが一般的な認知である。
レニーは遭遇したことはない。伝承では純潔である女性にしかユニコーンは心を許さないと言われている。そう言われるほど珍しい存在であるのか、そういう習性なのかはわからない。ほとんど幻の存在だ。
清らかな場所であるほど、そこにはユニコーンがいるとされる。角に強力な浄化、治癒効果を持っているとされ、それで森を清らかにしていると伝えられているからだ。綺麗な環境であるほど目撃談も多く聞かれる場所になる。
ユニコーンがもし本当に生息していて、湖の浄化ができていないとなると、クロロムダイルが障害になっているのは間違いないだろう。
「……まぁ、解毒薬ないわけじゃないし、どうにかなるか。わかった」
魔物の討伐が苦手で面倒であっても倒せないわけではない。被害が拡大する前に抑える必要はある。手間と費用を考えて、クレラはレニーを頼ったのだろう。
「ありがとうございます。報酬はほとんどレニーさんにお渡ししますのでよろしくお願いします」
両手を合わせて天使のように微笑むクレラ。クレラの心が軽くなった分、レニーにのしかかっているんじゃないかと考えてしまうほどだった。
○●○●
レニーとクレラは湖に向かうための道を歩いていた。森の中であるため、草木が生い茂っている。先導しているクレラは腰にメイスと杖の中間のようなデザインの武器を下げていた。歩くたびに、それが軽く揺れる。
「レニーさんはなぜソロを?」
「そういう性格」
クレラに問われて、レニーは即座に答えた。
「パーティーとか苦手なんだ。一時的ならまだしも、固定で組むのは考えられないね」
「ルミナさんでもですか」
ここにはいない、レニーと仲の良いエルフのソロ冒険者の名前を出される。
「どうしてルミナが出てくるんだい?」
クレラは顎に指を当てる。
「いえ、仲睦まじそうなので。きっと素敵なペアになるのでは」
まぁ、関わりも少ないわけではない。クレラも、レニーがルミナと親しくしている様子を見たことがあるのだろう。
レニーは首を振った。
「スキルツリーがまるで違う。ずっとは難しいね」
「というと?」
「向いてる依頼が違うのさ。オレは対人、彼女はモンスターの中でも大物。そりゃ難しい依頼は協力することもあるだろうけど、基本的に普段こなせる依頼は別種だ」
こなしてきた依頼が違う。
こなしてきた依頼が違うということはそれだけやっていきたい依頼も違うということである。お互い、好きであれば相手に合わせることもあるだろう。もしペアを組んだらひたすらに相手の好みの依頼をこなすかもしれない。しかしそれはただの手伝いであって、ペアとしての形としてはお粗末なものだ。
ツインバスターというサファイア級のペア冒険者がいるが、あれが理想形だろう。
パーティーというものは「弱点を補い合い、困難に立ち向かうため」である。
「クレラさんはどうしてソロやってるんだい?」
「ソロというよりヘルプ、ですかね。ひとりで依頼をこなすことはほとんどないので。今日のように誰かにお手伝いをお願いすることもありますが」
クレラは両手を祈るように組む。
「より、多くの人を助けになりたいのです。わたくしのできる範囲で」
人の助けになりたい、という理由で冒険者になっている人間も少なくはない。ルミナも、人の助けになる仕事をしたいタイプではある。
「湖が汚染されていると、そこの営みが壊されてしまいます。なので、倒していただきたいなぁと」
「依頼を受けたからね。やるさ」
腐ってもルビー冒険者だ。
湖が近づいてきたのか、草木が枯れているエリアに入ってきていた。
「――さて、そろそろ仕事の時間だ」
濁った湖を確認し、レニーはクレラに言う。クレラは体を強張らせつつも、頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます