冒険者とユニコーン

「まさか一撃とは。すごいですね……これがルビー冒険者」


 クレラが感心したように言う。実際にはブレス前に二撃魔弾を当てているが、水上に誘き出してブレスを吐かせるための攻撃だったので、実質、という意味なのだろう。


「一撃にするしかなかっただけだけどね」


 クロロムダイルとは十分に距離をとった場所でクレラが屈み込む。繊細そうな白い指先を汚れきった湖に浸して、空いている手を胸に当てる。


 レニーはクロロムダイルの傍で、万が一倒しきっていなかったときの対処ができるように備えていた。


「湖の浄化もしてしまいますね。レニーさんのおかげでかなり余力が残ったので」

「そりゃ良かった」


 通常は討伐したクロロムダイルの処理をしてから湖の浄化を行うのだが。まぁ討伐のメンバーに浄化できる要員がいないこともある。討伐と浄化は別依頼、もしくは浄化は別の事業者が行うこともある。


 クロロムダイルは解体処理が難しい魔物であるため、ギルドに報告し、ギルドから派遣される人員に任せられる。


 ギルド職員である場合もあれば、別の冒険者である場合もある。背中側の硬い鱗は装備の素材になり、腹側の皮は貴族向けの鞄などに加工される。他の部位の行く末は知らない。


 とにかく面倒なのだ。体質で周りに影響を与えるタイプの魔物は。


「どのくらいかかる?」

「一時間ほどですかね。あとは自然に任せるしかありません」


 浄化といっても、濁りきった水が透き通るレベルの劇的変化をもたらすわけではない。水質をいくらか改善して周りとの生態系の差を縮める程度だ。


 レニーはクロロムダイルの体を確認する。先程まで黒い煙を吐いていた口を覗き込む。


 毒を生成する器官は喉の奥にあるため、ブレスの終わり際に火属性の魔弾を撃ち込んで爆発してそこを破壊することを狙った。ブレス以外で狙えない部位だ。

 通常の魔法使いであれば、ブレスの威力を上回る高火力の魔法を使用するか、魔法の形成を乱されずに維持し、ブレスの終わり際の一瞬を狙って当てる必要がある。


 狙いの正確さ、タイミングの見極め、魔力の練り方が上手く噛み合わなければ口内にダメージを与えて終わるか、口を閉じる方が早く、硬い鱗で防がれるだろう。

 レニーが早撃ちと魔弾に関連するスキルだからこそ、正確に喉を破壊することができた。


 ……まぁ、ギルド内で最強のツインバスターであれば鱗ごと破壊して倒せるであろうし、同じソロ冒険者で階級が上のカットサファイアであるルミナも力押しで倒せるだろうが。


 喉に攻撃を当てた理由はもうひとつある。


 クロロムダイルの口蓋弁だ。水中で活動する際に、体内に水が侵入する事態を防ぐ部位で水中で獲物を捕らえる際など、口蓋弁で喉を塞いで行う。つまりこの口蓋弁を破壊すれば、水中で獲物を捕らえられなくなり、水中での活動をかなり抑制できる。


 噛みつき攻撃の際はこの口蓋弁が閉じているため、開く瞬間はやはりブレスか、口内に侵入して自分が「エサ」になるタイミング程度だろう。


 ブレスはクロロムダイルの最大の攻撃であり、そして、急所をむき出しにする瞬間なのだ。


 どちらも破壊できていることを確認し、レニーは目玉を見る。完全に生気を失っている。やはり倒せているようだ。


 正直不安だったが、うまい具合にいったらしい。よくわからないが、魔弾が爆発してから体内の何かが誘爆していたようであるし、レニーの思っている以上に致命の一撃だったのだろう。ラッキーだ。


「――ん?」


 ある程度クロロムダイルの状態を確認し終わったところで気配を感じて振り返る。


 白い馬がいた。


 毛艶がよく、太陽の光を浴びて銀色に見えるほどだ。さらに目立つものが、額にあった。


 一本の角・・・・だ。


 身構える。無論、純潔である女性にしか気を許さないユニコーンが目の前にいることに、だ。一説には男相手には一変して凶暴になって襲うという話もあった。


 なぜそうなるかはわからない。レニー自身にできることはユニコーンを警戒し、クレラの身の安全を守れるよう、準備するだけだ。クロロムダイルの死体から離れ、クレラに寄る。


「クレラさん、ユニコーンが」

「大丈夫です。一度だけではありますが、遭ったことがあります。刺激しなければ大丈夫です」


 クレラが落ち着いた様子で返答する。レニーはクロウ・マグナに当てていた手を離し、静観することにした。


 ユニコーンはレニーを気にする様子もなく、緩やかな歩みで近づいていく。レニーの横に寄り添うように座り込み、湖の中に角を浸した。


 ユニコーンの角を中心に、濁った湖が透き通るほど綺麗になっていく。少しずつであるが、見違えるほどだ。


「――守っていただけますか?」


 クレラがレニーに言う。視線はユニコーンに向けられていた。レニーはユニコーンから離れ、周りを警戒する。


 敵意がなければ争う必要もない。


「了解。しばらく暇だしね」


 最大の敵であったクロロムダイルは倒した。大した労力ではないだろう。




○●○●




 しばらくすると、ユニコーンは去っていった。湖はかなり綺麗になっており、クレラも手を引き抜いて立ち上がる。


「どうでしたか? ユニコーン」

「思ったより凶暴じゃなさそうだ」

「でしょう?」


 ユニコーンの去っていった先を見る。


「綺麗だったな」


 珍しい魔物を間近で見れた、というのは貴重な体験だった。見かけることが少ないということは、個体数が少ないか、奥地にいるかだ。角を手に入れられれば、エレノーラあたりが喜んだのかもしれないが、無闇に敵対する行為は避けたい。


「レニーさんが良い人で良かったです」

「どこが」

「他の冒険者だったら角を狙っていたかもしれません」

「そこはキミの見る目次第だね」


 レニーは依頼をこなしただけだ。ユニコーンは依頼には入っていない。入っていたとしても、生活に必要でない魔物を無闇に狩る行為には加担しないだろう。


 そういう冒険者であるというだけだ。


「ふふ、ではわたくしの見る目が良かったということで」


 口元に手を当てて、笑う。


「さて帰りましょうか」

「そうだね」


 こうして、クロロムダイル討伐、そして湖の浄化は無事に終わった。

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