冒険者と眠る
「余が来たぞ!」
扉を開けて、決めポーズをして入ってきたのは少女だった。紺の髪を後ろで編み込み、金の瞳を持っている。
エルフの女王、ジョセフィーヌ・スドゥールだった。本人はフィーヌと呼ばれたがっている。
ルミナが申し訳無さそうに後ろから入ってくる。
「……ボクが呼んだ。どうにかできるんじゃないかって」
「どうにかしよう、そうしよう!」
スキップでもするのかというほど上機嫌で、レニーに歩み寄る。
「あー、久しぶり女王サマ」
「スキルを診るが、良いか?」
フィーヌの言葉に、頷く。フィーヌは丁寧に手を取ると、目を閉じた。
――温かい。
「体の一部を失った痛みというのは見た目以上に、思っている以上に響くものだ。大事にしていたもの、思い出があればなおさらな。辛かったのう」
腕や肩を擦られる。じんわりと温かくなって、それが全身に広がる。
「徒影の尻尾のスキルに魔力が通らなくなっておるな。ほれ」
魔力の糸が一本通される、そんな感覚がする。
「鑑定じゃ、ないのか」
「違うぞー、スキルも体の一部じゃ。体を診る医者、スキルを読む鑑定士、魔力を読み取る魔道士、誰にもできぬ。わしだからできる、
優しく、体を撫でられる。
「時間が解決はしてくれるだろう。気にせずともどうにかなっているときもあるだろう。じゃが、深い傷はそれだけでは残るのじゃ。だから、跡を残さぬように、な」
ぽっかり空いていた穴が、温められて、冷え切っていた手足に血が巡ってじんわりと温められるような、そんな感覚がする。
不思議だった。
不思議と、ぼんやりしていた思考が巡りだす。
「よくがんばったのう」
優しく声をかけられ、頭を撫でられる。子どもを褒める親のように、フィーヌは体を擦り、ぬくもりを伝えてくれる。
――目頭が熱くなって、涙が溢れ出す。
「あれ……なんで……」
レニーは涙を拭う。それでもどんどん溢れ出した。
「悲しかったのよ、そなたは。寂しかったのよ、そなたは。どんな覚悟でこんな事態になったかはわからぬが、スキルツリーに触れていればこれだけはわかる」
止まらない。涙が、感情が、溢れ出す。レニーはフィーヌの方に体を向け、
震える体をフィーヌが擦った。
「ほれ、ルミナ。頭を撫でてやれ」
「え」
「余の体じゃ手が足りん」
ルミナがレニーの頭を撫でる。
「えっと……いい子、いい子……?」
レニーは泣いた。
すすり泣いた。今更ながら別れを悲しむように。
泣いて、泣いてひたすら泣いて……
今までろくに寝れなかった反動のように、泣き疲れて、眠った。
○●○●
子どものように、レニーが眠っている。その姿を眺めながらフィーヌは母親のような笑みを浮かべる。
ルミナはレニーの寝顔を見て、久しぶりにホッとした。最近のレニーは元気が無く、ロクに休めていそうな様子もなかったからだ。少しでも休めたらいいな、と思う。
「よくぞ頼ったな。昔のそなたなら余を呼ばなかったのではないか」
穏やかな口調で、フィーヌは言う。
「……ボクは何も、できない。ので」
苦しんでいるのに自分では助けられない。そういうもどかしさがルミナの胸中にはあった。直接は助けになれなくとも、何かしてやりたい。
スキルについて理解の深いフィーヌであれば、と縋るように頼んだ結果だった。
「できておるよ。余は嬉しい」
フィーヌがルミナの頭を軽く撫でる。
「成長したな。ルミナよ」
「……できて、ますか?」
「当然。胸を張れ」
フィーヌは背筋を伸ばす。
「さて、帰らぬとそなたの兄がうるさいのでな。帰らせてもらう」
「レニー、目覚めるまで。待たない、のですか?」
「それは余のやることではないからのう」
ルミナから離れて、病室の扉に手をかける。
「傍にいてやれ、ルミナ。頼んだぞ」
そうしてきたし、そのつもりだったため頷く。
「また困ったときは遠慮なく言え。どれだけ離れていても、どれほど時が経とうとも、余はそなたらの女王だ。安心して頼るが良い」
扉が閉まる。
その影に、ルミナは深々と頭を下げた。
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