冒険者と空白

 数日後、レニーは退院できた。フィーヌのおかげで精神状態もいくらか良くなり、依頼もいくつか軽いものをこなしたが、特に問題なさそうだった。


 等級はルビーのままとなった。レニーは少しだけ、ほっとした。


「レニー、相席いいか」


 レニーが視線を向けると、未だに名前を知らない男がいた。一瞬悩んだ後、レニーは頷く。


「どうぞ」

「よいしょっと」


 男はイスに座ると一息つく。


「久しぶりだな。何か頼むか? 奢ってやる」


 食欲はあまりなかった。酒を飲む気もならない。


「フルーツジュースかな」

「ほいよ」


 男は店員にフルーツジュースとエールを頼む。目の前にジョッキが二つ置かれた。


「乾杯」


 男がジョッキを差し出してきたので、応じる。そしてフルーツジュースを飲む。程よい甘さが、後味を残さずに喉を通り過ぎる。


「元気がないな。何かあったか」

「……うーん、大事なものをなくしたってとこかな。お別れだね」

「お別れ? はぁん彼女と別れたとか、そんなもんか?」


 からかうように笑みを浮かべる男に、レニーは苦笑する。


「感覚的には似てるかな。本当の彼女いたことないけど」


 癖でスキルを使おうとしてしまう。依頼に支障が出ない程度なのだが、スキルが使えないと、もう自分の中にはないんだと、そう思ってどうにも虚しくなる。


『ありがとう、レニー。さよなら』


 別れは生きてればついて回る。どんなに大事な人であろうと、大事なものであろうと関わるということはそういうことだ。


「なんとなく寂しいんだ。そのうち、落ち着くさ」

「その様子だと、円満って感じか」

「あぁ。だから、穴が空いた分、自力で埋めるしかないのさ」


 ため息を吐く。


「ならレニー。他人を頼れ」

「十分頼ってるさ」


 フリジットやモートンには気遣ってもらった。ルミナはフィーヌを連れてきてくれたし、そのおかげ早く退院できた。


「それはお前さんが頼んだことか」

「……頼んではないかも」

「仕事だとかそんな業務的なもんじゃなく、お前さん自身として誰かを頼れ」


 優しい声音で、男は言う。


「世の中お前さんほど優しくない。お前さんほど、拾ってやれない。でもな、お前さんを支えたいと思うやつはいるだろ」

「いなかったらどうするのさ」

「そうなったら支援課だろ」


 あっけらかんと返される。確かに冒険者の悩みなら支援課か。


「でも、ま、いるだろ」

「……まぁね」

「たまには冒険者じゃなくてレニーとして話せ。勇気はいるだろうが、少しはマシになるはずだぜ」


 肩に手を置かれる。


「酒に付き合わせるでも、何でも、やってみろ。お前さんは今、遊んだほうがいい」


 立ち上がって、ジョッキを持つ男。


「飲み終わったらここじゃなくて好きな場所に行きな。冒険者じゃなくていい場所にな」


 手をひらひらさせる。


 ふと、思い出す。そういえば、ここに来て最初に声をかけてくれたのはこの男だったか。


「本当、ありがとう」


 名前は確か――


「気にすんな。ただのお節介野郎だ」


 そう――


「――名前、なんだっけ」


 レニーが問うと、男は目を丸くして、それから笑う。


「名乗ったことねえんだから覚えてなくて当たり前さ」


 そう。


 レニーは男の名前を覚えてなかったのではなく、最初から知らなかった。いつでも友人のように話しかけてきて、適当に去っていく。いつだって、そんな男だった。


「お互い冒険者なんだ、それで十分だろ」


 男は微笑んで、背を向ける。


「――あぁ、そうだね。ずっと忘れられないくらいだ」

「ルビー冒険者にそう言ってもらえると嬉しいね。じゃ、元気になれよ」


 レニーは心から男に感謝した。





  ○●○●




 レニーは噴水のある広場で夜風に当たっていた。噴水の外まわりをイス代わりにして夜空を見上げながらぼうっとする。


「お待たせー」


 声をかけられて、目を向ける。そこにはフリジットとルミナがいた。

 退院祝いをしよう、と。フリジットから言われて、ルミナとも予定を合わせた結果、だった。


 レニーは立ち上がる。


「あぁ、うん待った」


 フリジットとルミナを見る。

 フリジットは水色のワンピースのような服の上に白い服を羽織っている。ルミナは黄緑のブラウスに紺色のスカートを履いていた。いつかプレゼントした首飾りを身に着けている。二人とも似合っている。


「そこは嘘でも待ってないっていうところだよ」


 フリジットが人差し指を立てながら異議を唱える。


「こういうのは待ち遠しいものでしょ」


 レニーが返すと、二人とも顔を赤くした。


「酔い潰れたら介抱よろしく」

「任せて!」

「背負う」


 明るく言い放つフリジットと、鼻を鳴らして拳を握るルミナ。


「……正直、まいってて。最近はずっと寂しいんだ。だから嬉しいよ、ありがとう」


 レニーがそういうと、フリジットは笑う。


「じゃ、ぴったりくっついちゃおうかな」

「ぎゅってする」

「それはたぶん、理性が持たなくなるからやめてくれ」


 三人で笑う。


 ゆっくりでいいから、少しずつ、元に戻ろう。


 焦る必要はない。レニーは独りではないのだから。

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