冒険者と喪失
レニーはギルドへ続く道を進んだ。
しばらくして見慣れた広場に出て、ギルドロゼアが見えて、その扉を開ける。支援課の受付を見て、フリジットの姿を確認すると、そちらに向かった。
「あ、レニー……くん……?」
フリジットは明るい表情を浮かべたが、すぐに困惑に変わり、そこから心配そうにレニーの顔をのぞいた。
「やぁ、フリジット。冒険者等級の再判定、受けたいんだ。手続きしてもらえる?」
「急にどうしたの」
「スキルツリーが、一部なくなった」
フリジットが目を見開く。周りを見て、声を絞る。
「医務室で寝て休んでなさい」
「いや宿に戻るよ」
「いいから医務室で休みなさい」
受付から出てフリジットがレニーの腕を掴み、医務室へ引っ張る。扉を開き、そこにいる医師に声をかけた。
「すいません。軽くこの方の体調見てもらっていいですか。あとベッドで休ませてください。私がまた来ますので、それまで」
珍しくきつい口調で頼み、レニーの背中を軽く押す。
「レニーくん。ルミナさんにも言っていい?」
「あぁ、うん。平気だけど」
「ありがと。何があったかわからないけど、休んで。後で迎えに来るから」
有無を言わさずフリジットがその場から離れていった。
レニーはぼんやりと医務室にいる医師に目を向ける。
「あー……よろしく」
頭の後ろをかきながら、そういうしかなかった。
○●○●
体の調子を見てもらって、ひとまず体の方は問題ないとお墨付きをもらい、レニーはベッドを借りて横になっていた。
眠れはしなかった。
睡眠時間は足りないはずだ。眠気もある。体は重くて、動くのが億劫になるほどだ。
ぼーっと天井を見上げているだけで時間が流れていく。
何も考える気も、する気にもならない。
「レニーくん、入って良い?」
フリジットの声がする。
「いいよ」
仕切りを開けて、フリジットが入ってくる。イスを置いて、隣に座った。
「手、握るよ」
レニーの手をフリジットが握る。そして手の甲を擦ってきた。
それがなんだか、それだけでも、凄く安堵できて――同時に無性に悲しくなった。
「スキルツリーと魔力量を読んでもらって、それで等級を判断する」
「試験は」
「いらない。スキル以外問題ないだろうから……レニーくん、今大丈夫?」
「あぁ、うん。凄い疲れてるけど」
「あのね、称号スキルの剥奪について話を聞いたことは?」
「不義の代償って話でいいかい」
フリジットが頷く。
不義の代償は童話だ。王から称号をもらい、傲慢になった騎士が好き勝手やり始める。それをみかねた王から騎士は称号を剥奪され、廃人になるという話だ。ただの称号なら廃人になるということはありえないだろう。
だが、騎士が本当に廃人となったというのであれば、それは称号スキルだったということだ。
スキルツリーは第二の血管と呼ばれるのは、体の一部であるからだ。
損傷を受ければ、無論影響も出る。
『レニーのスキルツリーがなくなるのだって結構辛いんだから覚悟しておくように』
知っていた。覚悟もしていた。
「モートンのところで入院してもらうわ。手続きはこっちでする。ドレマも呼ぶわ。なんとかできるかもしれないし」
「そこまでしなくとも」
「レニーくん」
フリジットが深刻な顔で名前を呼ぶ。瞳は潤んでいて、唇を噛んでいた。
「わかって。発狂ものなんだよ」
「……わかった」
フリジットが握ってくれている手を見る。
確かに誰かがいてくれる環境のほうが、いくらかマシでいられそうだった。
○●○●
だいたい、誰かがいる。
フリジットとルミナが基本で、深夜にたまにモートンが来る。モートンに気を使わなくて良いことを伝えても「黙れ、なら入院する状況になるな」と怒られた。
ツインバスターのノアとメリースも来て、メリースには茶化された。最後には珍しく真顔で「ちゃんと休みなさいよ」と言われた。
今はスキル鑑定をしにきた老人のガーイェと、以前右腕を治してくれたドレマがいる。
「どうだい、ガーイェ」
ドレマがガーイェに聞く。ガーイェはレニーの腕を触りながら、眉間に皺を寄せた。
「うーむ、狂性魔力と影の女王に捧ぐ、影の尖兵が消えているな。何があった」
「……スカハ関連でちょっとね」
「奪われたというわけではない? 非常に稀だが、そういう事態もある」
「助けるために使った。譲渡みたいなもんかな」
レニーが言うと、ガーイェは首を傾げたが、ドレマは興味深げに何度も頷いた。
「なんかの生まれ変わりを抑え込むか助けるために使った感じかなー」
レニーは驚いた。そんな言い当てられるとまでは思ってもいなかった。
「被害は最小限だね。いやまぁ、スキル欠損する時点で結構な被害なんだけど……うん、そっかぁ……僕と同じにはなれなかったか」
「同じって?」
「あぁ、僕って災厄の女王の生まれ変わりだから。前世の人格はウザかったから自力で叩きのめして抑え込んだけど」
「――は?」
「え?」
レニーだけではなく、ガーイェまで驚く。ガーイェに至っては目玉が飛び出しそうな勢いだった。
「まさかお前さんの化け物みたいなスキル群は」
「それはもちろん僕の偉大なる才能。災厄の女王の部分もあるけどね。あっ、レニーくんのとは別の人だよ。僕のは影じゃなくて炎だから」
「さらっととんでもないことを言うなドレマちゃん。わしの心臓が止まる」
胸に手を当てるガーイェに、ドレマは笑顔で頭に手を当てる。
「いやぁ、ごめんごめん! 言ってた気がして、ついうっかり」
「全く、心臓がいくつあっても足りないわい」
「つくろうか?」
「つくれそうなやつに実際に言われるとそれはそれで怖いのう」
ガーイェがこめかみを抑えてため息を吐く。レニーは同情した。
「まっ、いーじゃん僕は僕。それは変わらないわけだしさ。それよりレニーくんさ」
「……スキルがなくなったとはいえ大半は揃っているからのう。等級はそのままでいいんじゃないか」
「うん、魔力面も問題なしだね。レニーくんの調子さえ戻れば、ふつーにそのまま仕事に戻っていいと思うよ」
それを聞いて、少し安心した。メインで使っていたスキルがなくなったため、降級を覚悟していたからだ。
「大天才の僕でもスキルツリーばっかりはどうしようもできない。人生をいじくるようなものだからね。失くなったスキルは元に戻せないし、破損した部分は治しようがない」
「降級がないならそれで十分さ。診てくれてありがとう」
レニーは心から礼を言う。
ガーイェとドレマは軽く書類を作成すると、帰っていった。
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