冒険者とスカハ
泣き止んだスカハはキョトンとレニーを見上げていた。
「なんか、すごいスッキリした」
新発見のように言い出すスカハにレニーは微笑む。
「悪いがオレはあの子を助ける手段がないんだ。協力してくれるかい?」
「……呑まれたら責任取ってよね」
「あぁ、止めるさ。そういう仕事だ」
「……レニー、スキルを捨てる覚悟はある?」
スカハが暗い表情で言う。
「わたし関連のスキル、全部」
「あの子が助かるなら」
「……わたしがあの子の中に入って悪意ごと封じる。あの子が死ぬまで眠ろうと思う。だからこれでレニーとはお別れ」
「魂がスキルに紐付いてるからスキルごとってこと?」
スカハはゆっくりと頷いた。
「スカハとは会えなくなるのか」
頭をかく。
「わからない……けどあの子の体だから。あの子の人生で、わたしはとっくに終わってるから。だから、終わらせなきゃ」
「あの子次第かな」
「かも」
「友だちになれるといいね」
「呑気だなぁ。寂しいよわたし」
「オレも別れるのは寂しいな」
でも、とレニーは続ける。
「そろそろ自立しろってことなのかもね」
スカハは微笑んだ。
「……そうだねお互いに」
「ありがとう、無茶に付き合ってくれて」
レニーは手を出す。
「ううん、わたしこそ。受け入れてくれてありがとう。わたし自身を否定しないでくれて、ありがとう」
スカハはレニーと握手を交わす。そして頬にそっとキスをしてきた。
「あーあ、わたしの時代にいたらレニーを独り占めにできたのに」
「生き残れる気がしない……」
あはは、と。スカハは笑う。
「ちなみに悪意ってやつをオレの中の引き込めないのかい?」
レニーの質問にスカハは首を振る。
「レニーと違ってあの子は先天性だろうから体の負担が大きすぎて死んじゃうかも。レニーのスキルツリーがなくなるのだって結構辛いんだから覚悟しておくように」
スキルツリーは体の一部……エルフの女王に言われたことを思い出す。
まぁ、仕方がないだろう。
「わたしのスキルなしで大丈夫?」
レニーは無言で目を背ける。
「ちょっとー? レニー?」
「……ガンバリマス」
かなり依存していた自覚はある。
「ちなみに何がなくなるの」
「狂性魔力に、影の女王に捧ぐに、影の尖兵」
「あれ徒影の尻尾は」
「わたしのスキルから派生してるけどわたしのじゃないし。弱体化するかもだけど残るよ」
レニーは内心、それでもかなりの痛手だと思った。
「──大丈夫だよ」
レニーを安心させるようにスカハが言う。
「わたしのスキルなしでルナ・イクリプスを撃てたんだからレニーは強いままだよ」
扱いの難しい特位の魔法。確かにスキルを使用せずに発動したが特殊条件が過ぎる。あまり自信には繋がらなかった。
「あの子止めるときも、わたしが怯えてスキルに魔力が通らなかったのにどうにかしてくれたしね」
「……まぁとにかくガンバリマス」
スカハは手を上げる。
「じゃ、一緒にあの子を戻そう! あなたの仕事はあの子に触れること。わたしの仕事はあの子を止めること! スキルはちゃんと使えるから、思いっきり使って!」
「じゃ、やりますか」
レニーは手を上げてスカハとハイタッチした。
○●○●
意識が戻る。
「あっはは! 出てきたァー! 今度こそちょーだい!」
ウタハが茨を振るう。
レニーは後先考えず、スキルを発動した。
「──いいよ、あげる」
茨が枯れる。ウタハがどんなに手を振るっても影はひとつも動かない。
ゆっくり歩く。
「……へ?」
「──冒険者っていうのはさ、夢をみるもんらしいんだ」
ドラゴン退治に、聖剣に、英雄になること。剣を極めたり、魔法を極めたり、それで最強を目指したり。
国の王となったり。
……受付嬢になったり。美味しいご飯をいっぱい食べたり。
「そんでもって夢をみせるのもやんなきゃならないらしい。全く……仕事なんてもんはそんな綺麗事で出来るもんじゃないってのに」
賊はいなくならないし、いつだって命がけだし、魔物は理不尽だ。
それでも。
それでもレニーはソロ冒険者だ。
怯えるウタハの目の前に来る。座り込み、恐怖で震えるウタハの前に。
レニーは座って、優しくウタハの頭を撫でた。
──大人が、子どもに夢をみせないでどうする?
「キミは、どんな夢をみるのかな?」
喪失感に襲われる。
まるで心臓をえぐり取られたかのようなそんな感覚だった。スカハがいなくなったのだろう。
痛みはない。ただ、致命的なナニカを、決定的なナニカを、失くしてしまったという感覚だけがある。
スキルを発動させようとしても全く発動しない。
――スカハは笑みを浮かべた。
「ありがとう、レニー。さよなら」
ウタハが気絶する。それを受け止めて、抱きしめる。
寝息が聞こえて、全て終わったと思ったとき。
ひどく、ひどく胸が、痛かった。
それでもレニーは祈る。
この子がいい夢をみられるように、と。
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